被爆者たちの核廃絶への願いを、首相はしっかりと受け止めたのだろうか。首相からは前向きな回答がなく、これでは何のための会談だったのかと、被爆者たちが憤るのも当然だ。

 日本政府は、「核なき世界」に正面から向き合い、国際社会をリードしていかねばならない。それが、唯一の戦争被爆国である日本の責務だ。

 石破茂首相は、ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員田中熙巳(てるみ)さんらと官邸で面会した。

 被団協側は石破首相に、3月に米国で開かれる核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を求めたが、首相は是非を明言しなかった。首相発言に反論する時間も設けられず、核兵器廃絶に向けた議論は深まらなかった。

 原爆被害の国家補償や、国の援護区域外で長崎原爆に遭った「被爆体験者」への施策の充実も被団協は求めたが、これらについても首相からの回答はなかった。

 首相は、被団協の長年の努力に感謝を伝えたものの、日本が核保有国に囲まれているといった安全保障環境の話題や、日本に核シェルターがないといったことなどを口にして、会談は首相の独壇場のようになったという。

 田中さんが会談後に「収穫があったとは受け止めていない」と述べたのは、もっともだ。「(首相は)面会の実績をつくりたかっただけなのか」と厳しい見方をするメンバーさえいた。

 今年が被爆80年の節目になることから被団協は昨年、「戦争の拡大と核使用の危機が迫り、被爆者にとっても人類にとっても決定的に重要な年になる」とのアピールを採択した。

 平和賞受賞を追い風として核廃絶の機運を盛り上げたい被団協側にとって、首相との面会は肩すかしをくらったようなものだ。

 首相としては日本の防衛が米国の「核の傘」を頼りに拡大抑止の強化を図っている状況下では、締約国会議への参加の是非を明言できない立場なのだろう。

 昨年の衆院予算委員会で首相は、「核の傘」の提供を受けているドイツなどの参加により、会議の流れがどうなったかを検証すると答えている。しかし政権内には、参加すると米国の信頼を損ねるリスクがあるとの見方もある。

 一方、自国第一主義を掲げるトランプ米次期大統領が国際協調を軽視し、対外的な関与を薄めていく姿勢があるとして、「いつまでも核の傘に頼るのは危険だ」と指摘する識者もいる。

 田中さんは、首相とのさらなる対話の場が早期に必要だとの考えを示している。

 首相は被爆者とともに、核兵器に対する批判や核廃絶を求める動きを世界へ広げるために、役割を果たしてもらいたい。