「過去の過ちを繰り返さないために、警戒を怠るな」。きのうの紙面に載った、この言葉が印象に残った。発言の主は、かつてポーランドのアウシュビッツ強制収容所に送られたレオン・ワイントラウプさんである

▼99歳。解放80年の追悼式典で述べた。収容所で母親と叔母がガス室で殺された。発言の背景には欧州で広がる排他的な風潮があった。「ナショナリズムを掲げて闊歩(かっぽ)する若者もいる。愛国者ではなく、ファシストだ」

▼第2次大戦中、ナチス・ドイツはユダヤ人の大量虐殺を引き起こした。その反省から、欧州では過度なナショナリズムを戒める考え方が主流だった。しかし近年は、自らと異なる人種や文化への攻撃的な論調や排外主義が目立ち始めた

▼「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がある。経験から学ぶことを愚か者呼ばわりするとは言い過ぎな気もするが、自分のわずかな経験ばかりに頼ると狭量になったり、視野が狭まったりするという意味だと解釈したい

▼歴史は他者の経験の膨大な積み重ねだろう。先の大戦を顧みれば、排外主義が肥大化した果てに大量虐殺が起きた。同様の構図は今も世界で悲劇を生んでいる。歴史に学ばねば、この先も繰り返すのは明らかだ

▼わが国もことしで戦後80年を迎える。本紙をはじめ、メディアもさまざまな角度からあの時代に光を当てるはずだ。戦争を経験し歴史を紡いだ人は、今や一握りになってしまった。だからこそ、その言葉には真摯(しんし)に耳を傾けたい。

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