「ありがとう」「さようなら」「またね」…。年度を区切る3月だ。普段は何げなく使っているあいさつ言葉に、特に感情がこもる時季だろう。時には手を握り、涙する光景もある

▼月初めから、中学校や高校の卒業式が続く。進路が決まり「おめでとう」の歓声も上がる。一方で思いが通じず、誰とも口をききたくない人もいよう

▼県内では、中学と高校などを合わせて数万人の若者がこの月に進む道を分かつことになる。就職や入学先が決まらず、焦りと不安で春の陽光が疎ましい人もいるはずだ。不登校や引きこもりに苦しむ人も少なくない。夢膨らむ3月は残酷でもある

▼いま心が疲れている若者は、もっと甘えていい。家族や親友に甘え、甘えられる関係が大切だ。我慢するより弱音を吐く心地よさが分かれば、ずっと気楽に生きられる。著書「甘える勇気」で、こう説くのは精神科医の和田秀樹さんだ

▼和田さんの東大医学部時代の恩師である故土居健郎さんが54年前に出版した「『甘え』の構造」は、戦後を代表する日本人論とされる。甘えること、それを受け入れることが日本人の心の支えになっていると述べた

▼でも、甘えに対する視線は変わったようだ。近年、福祉や他者からの支援を「甘やかし」とみなして「甘え」を否定的に捉える風潮が強まった。社会的弱者を努力不足だと責めるような「自己責任論」も台頭し、晩年の土居さんは警鐘を鳴らしていた。家族や親友に気安く甘えられる。そんな社会こそ生きやすい。

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