その医師は患者が亡くなると半紙に俳句をしたため、死亡診断書と一緒に遺族に渡していた。例えば、こんな句である。〈よき人ら残して一人冬の旅〉。打ちひしがれた遺族の心に、小さな明かりがともったのではないか
▼医師であり俳人。医学史の研究家であり、ユーモアたっぷりのエッセーでも親しまれた。県立がんセンター新潟病院の副院長などを務めた蒲原宏さんの訃報が届いた。101歳。みっしりと濃密な人生だったはずだ
▼「俳句をやっていると、小さな命にも気が向くんだよね」。本紙の取材に話してくれた。街路樹の下にかれんな花が咲いている。花の中には小さな虫がいる。そんな景色を見つめながら、命を慈しむ心を持てるようになったという
▼命に真正面から向き合うゆえだろう。時には、べらんめえ調で患者と渡り合った。胃の手術を渋る男性に「手術しねで帰れば、来年の今頃はお前さんの一周忌だぜ」。手術は成功した。新聞のおくやみ欄で男性の名を見つけたのは15年後。93歳まで命をつないでいた
▼医師として科学や技術を信奉する一方、言葉の力も信じていた。言葉は人を動かしたり、癒やしたりする。己の口から出た言葉に慰められることもある。言葉もまた、医療の一角をなす大切な要素と考えていたようだ
▼こうも述べていた。「病気をすべて体から追い出そうとせずに、いなしながら共生する多病息災も長生きのこつの一つ」。言葉通りの大往生だ。その生き方に憧れる。人生の達人が旅立った。