上司や先輩というより「師匠」と呼びたい人に巡り会ったことが幾度かある。原稿の書き方や取材の仕方だけでなく、もう少し幅広く世の中を見ようといったことを教わった。うまも合ったのか、腑(ふ)に落ちることが多かった

▼師匠と弟子といえば落語や舞踊のような和の世界でなじみがある。将棋界もその一つ。プロ棋士の養成機関「奨励会」に入るには、棋士の誰かに師匠になってもらう必要がある

▼先日、新潟市でタイトル戦「棋王戦」が指され、挑戦者の増田康宏八段(27)の師匠である森下卓九段(58)の姿があった。進境著しい増田八段について尋ねると「もう弟子は取らないつもりだった」という答えが返ってきた

▼それまで3人の弟子がいたものの、奨励会を勝ち抜くのは至難で責任の重さからためらった。それでも増田少年の並外れた強さを見て引き受けることに。それから16年がたち「増田も悩んだ時期があった」というが、タイトル戦に挑むまで成長した

▼新潟対局で増田八段はかど番だった。森下九段は前夜祭で「盛り返してほしい」と奮起を促した。一方で「師匠がいると気を遣うだろうから」と、弟子が勝負に専念できるようにと思いやった。結果として敗れたものの、師弟の温かな絆をうかがわせた

▼先輩がサポートしてくれる「メンター」制度を設ける企業もある。古風にいえば師匠とも重なるか。若手には時にうとましいかもしれないが、成長を促してくれる人は大切な存在だ。年度替わりが近い。良い出会いを。

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