「謝れ。土下座しろ」と住民の男性は怒鳴っていた。若い市役所職員はそれまでの必死の説明を諦め、泥水の中に膝をつき、頭を沈めた。その様子をただ見ているだけだった苦みが今も残る。2004年、7・13水害に襲われた長岡市内を取材中のできごとだ

▼床上浸水が多発した地区から避難する住民を、職員は持ち場で誘導していた。男性は避難指示の発令が遅いと食ってかかった。怒りのやり場がほかになかったのだろう。なだめる人もいない。みんな疲弊していた。若い職員に発令の権限などないことは明らかだった

▼カスタマーハラスメント(カスハラ)の場に少なからず遭遇してきた。レジでお釣りの出し方がおかしいとキレる人。飲食店で料理の提供が遅いと店員に詰め寄る怒声。いたたまれなかった

▼人ごとではない。客の立場で思い通りに手続きが進まない時など、心の平静は案外たやすく乱れる。「プロでしょ。テキパキやってよ」。声にこそしないが、エゴ丸出しの顔をさらしたことがあっただろう

▼思うに任せないことは多い。イライラと無縁で暮らせる人は幸せである。政府は全国の企業にカスハラ対策を義務づけることを決めた。長岡市もカスハラ対策のマニュアル策定を準備していると、3月議会で明らかにした

▼心に潜むどす黒い感情が暴走してしまわないよう、事業所や窓口側で防御策を固めることは意味のあることだと思える。世知辛いのではなく、世知辛い社会にしないための予防線だと受け止めたい。

朗読日報抄とは?