新潟高校出身の作家でオウム真理教のドキュメンタリーを制作した森達也さんは繰り返し述べている。出会った信者は、みな善良で穏やかな表情をしていた。その頃にオウムが唱えた世界の救済を本気で考えていた
▼凶悪な犯罪に手を染めた信者も、元々は会社員だったり、医師や科学者の卵だったり、宗教に関心がある大学生だったりの「普通の人」だった。そんな人物が多くの人を傷つけ、命を奪った。一連の事件は物語る。この社会に生きる誰もが、信者たちと同じ道をたどっていたかもしれなかった
▼オウムが唱えた終末思想に確たる根拠はなく、最近よく取り沙汰される陰謀論やニセ科学に通じる部分がある。政治心理学が専門の秦正樹・大阪経済大准教授は著書「陰謀論」で、政治的な信条などにかかわらず多くの人が「『自分の信念に沿う』陰謀論を信じる傾向にある」と指摘する
▼だとすると、私たちは依然として危うい世を生きている。2020年米大統領選で不正があったと信じ込んだ人々が、翌年に議会を襲撃した事件は記憶に新しい。交流サイト(SNS)ではさまざまな真偽不明の情報が飛び交い、それを拡散する人も少なからずいる
▼根拠があやふやな陰謀論などに触れる機会は、以前に比べて格段に増えたのではないか。好むと好まざるとにかかわらず、多くの「普通の人」がこうした情報と隣り合って日々を送る
▼終末思想にとらわれたオウム信者が地下鉄でサリンをまいて30年。事件はまだ終わっていない。