卒業式で歌う定番曲というより、今は営業時間の終了を告げるメロディーだと言った方がしっくりくる。「蛍の光」は元々スコットランドの民謡で、結婚式など祝いの場でも歌われた。日本では作曲家の古関裕而が編曲して「別れのワルツ」としても売り出された

▼唱歌となった歌詞の冒頭は中国の故事「蛍雪の功」に由来する。蛍を集めた光や雪明かりで書を読む。貧しい若者が苦学して身を立てた逸話として伝わる

▼身もふたもない分析がある。故事の舞台は3世紀から5世紀に栄えた晋の代。当時の書物は高額だった。本を読めるような家柄なら、明かり用の燃料が買えなかったはずはない-と、国文学者の吉海直人さんが「古典歳時記」に書いていた

▼かつての書物といえば、NHKの大河ドラマ「べらぼう」で遊郭の案内書を作る場面を見た。手間のかかる木版印刷である。時代は18世紀。印刷技術が進化し、もっと手軽に本が読めるようになるには、まだ時間を要した

▼この春で職場を去る先輩から何冊もの本を譲り受けた。ページをめくると、長年のネタ探しの苦労がしのばれる。たくさんの付せんと赤く引かれた傍線は、書籍が信頼できる情報源だからこそだろう

▼本を編集し世に送り出す工程は、誰もが気安く書き込めるインターネットの発信とは重みが全く違うのだ。…と力んだところで、出版不況が簡単に好転したりはしない。「蛍の光」の調べが書籍文化の今を象徴するように聞こえるなどと言えば、悲観に過ぎるか。

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