お隣・福島県会津のお殿様といえば、戊辰戦争を戦った松平容保をはじめ、松平家を思い浮かべる人が多いだろう。それ以前の安土桃山時代の一時期、かの地を治めた武将に蒲生氏郷がいる
▼氏郷は、城下を「若松」と命名して整備に努めた。現在の会津若松市の中心街に建つ興徳寺には氏郷の墓や歌碑がある。以前は市民の間でも知名度は低かったというが、近年はゆかりの史跡を訪ねるモデルコースをつくったり、企画展を開いたりする取り組みが進む
▼本県ではどうか。長岡市では会津と同様に、幕末の激動を駆け抜けた河井継之助や牧野家はよく知られている。一方で、江戸時代初期に長岡城の建設に着手し城下町の礎を築いた堀直竒(なおより)の存在感はいまひとつだ
▼直竒は、現在の新潟市や村上市の中心部の整備を進めた人物でもある。長岡市OBで、郷土史に詳しい飯高潤さん(68)は「功績の割には知名度が低い。もったいない」と納得がいかない様子だ
▼新発田市でも、幕末まで新発田藩を治めた溝口家や、鎌倉時代初期の勇将で地元の繁栄の土台をつくった佐々木盛綱は一定の知名度がある。盛綱については、新発田まつりのパレードで合戦の様子が再現されたこともあった。しかし、盛綱を祖とする加地氏や新発田氏はさほど知られていないのが実情だ
▼これからの観光はよく知られた名所旧跡だけでなく、多様な素材を楽しめることも強みになるという。埋もれた歴史に光を当てれば、新たな観光資源に育つ可能性もあるのでは。