県内も間もなくソメイヨシノが本格的に咲き誇る時季だ。桜の季節、水の中でも花が咲くと言ったら、不思議に思う人もいるだろう。魚介類の中には季節限定で「桜」の文字を冠するものがいる
▼よく知られるのは「桜鯛(だい)」だ。マダイは産卵期を前に体色が一層鮮やかになり桜を連想させるから、こう呼ばれる。サクラダイという名の、別の赤い小魚もいるので紛らわしいが、食材としても喜ばれるのは、この時季のマダイのことだ
▼県内ではハヤと呼ばれることも多い淡水魚のウグイも、繁殖期には腹に赤い婚姻色が現れると「桜鯎(うぐい)」と呼ばれる。普段は釣り人に雑魚扱いされる地味な魚だが、腹を赤く染めた魚体は美しく、呼び名も相まって風情がある
▼ほかにも、春先に姿を見せるワカサギや稚アユといった小魚を「桜魚(うお)」と呼ぶ。産卵のために浅場にやってくる各種のイカは「桜烏賊(いか)」とか「花烏賊」という。こちらもハナイカという種があるが、必ずしもこの種を指すわけではない
▼こうした呼び名はいずれも春の季語だ。〈桜鯛偽りのなき桜色〉山口波津女(はつじょ)。〈水ほのぼの桜鯎の過ぐるとき〉山崎みのる。より鮮やかさを増した魚たちが創作意欲をくすぐるのか。いずれも柔らかな春風のような句である
▼それにしても魚やイカにまで桜を冠してしまうとは。私たちはよっぽどこの花が好きなのだろう。あちらこちらに生き物の気配が満ちる季節がやってきた。花あり、生き物あり。そんな自然と隣り合って暮らせるのがうれしい。