県内でもようやく桜の開花が宣言された。つぼみがほころび始めた近所の老木を見上げながら、かの地でも花は咲いているかと思いを巡らせる。パレスチナの自治区ガザは、日本の鹿児島とほぼ同じ緯度なのだと知る。停戦合意が破綻し、ガザは再び容赦のない攻撃にさらされている
▼戦争に絶対的な悪があるわけではなく、アラブにはアラブの正義があり、イスラエルにはイスラエルの正義がある-。漫画家のやなせたかしさんの言である。著書に従軍経験を踏まえて「正義が何かというのは難しい」ともつづっている
▼やなせさん夫婦をモデルとするNHKの朝ドラが2週目に入った。いずれ、アンパンマンの誕生秘話も描かれるだろう。腹をすかせた人に自分の顔を食べさせる異色のキャラクターは、揺るがない正義を形にしたものだ
▼信じた正義が簡単に裏返るさまを、やなせさんは終戦とともに目の当たりにした。それが創作の原点となる。現実の世界で戦火がやまぬ今、このドラマが放送される意味を考える
▼アンパンマンの原型が絵本になった時、やなせさんは54歳になっていた。絵本は出版社にも評論家にも酷評された。ところが人知れず多くの幼児の心をつかんでいく。それがヒットにつながった
▼〈何のために生まれて、何をして生きるのか〉。アンパンマンのマーチの一節は、売れない時代のやなせさんが、道を探しあぐねながら抱えた自問そのものである。長いつぼみの時期が、朝ドラではどう描かれるか。楽しみだ。