寝る前のひととき、本を読むのが習慣だ。寝落ちしてしまうこともあるが、読まないでは寝られないのだ。ミステリーもホラーもSFも、睡眠には向かないし、日々の仕事に役立つわけでもないが、読む本が手元になくなると途方に暮れる

▼春の新聞週間に合わせた本紙特集に、文芸評論家の三宅香帆さんのインタビューが掲載されていた。三宅さんは「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社)を昨年出版。会社勤めの本好きには捨て置けないタイトルだ

▼どうしたら忙しく働きながら本を読めるようになるのかを説いた本かと思いきや、労働をどう位置づけて生きるかが提言されていたのが新鮮だった

▼いわく、本を読むとは「自分から遠く離れた他者の文脈を知ること」。「働いていると本が読めない」とは、仕事以外のことに関わる余裕がない状態という

▼確かに本を読むと、行ったことのない外国の文化や、会ったことのない人の考えに触れられるが、自分にとって直ちに実益を生むものでもない。仕事に全身全霊を傾けていると、こうした「他者の文脈」を「無駄」と捉えてしまうことも理解できる。ただ、息苦しくはないか

▼4月も間もなく終わる。目まぐるしいひと月を送った人も多いだろう。でも目の前にある職場や学校だけを「世界」にしないでほしい。時にスティーブン・キングの長編に没頭するように、心を遠くへ飛ばす時間を持ちたい。仕事や学校生活が行き詰まっても、世界は果てしなく広いのだから。

朗読日報抄とは?