〈今の社会ならば、即時「アウト」になるような類いの倫理にもとる言説です〉。大阪大学大学院教授吉川(きっかわ)徹さんの著書「ひのえうま」の一節である。60年ごとに巡る丙午(ひのえうま)の年に生まれた女性は、気性が激しく夫の命を縮める-。そんな迷信を冷静に読み解いている

▼俗言は古代中国に起源をもつ陰陽五行説に由来するが、江戸時代初期、恋心から「天和(てんな)の大火」を招いた八百屋お七(しち)の生年として語り継がれた。以来、縁談での不条理、堕胎や間引き、産み控え、出生届の操作などにつながった

▼日本の人口ピラミッドで極端にくぼむ1966年がまさに丙午だった。迷信の威力だろう。出生数は前年の4分の3に落ち込んだ。本県は全国平均をやや上回る26%余りも減り、逆に翌年は40%も増えた

▼吉川さんは昨年、昭和の丙午年代の女性3千人を対象に人生の歩みを調べた。未婚率、離死別率、結婚年齢などを見ても厄難の形跡は確認されなかった。当然である。むしろ進学や就職で低い競争率が有利だったというデータがある

▼ちなみに秋篠宮妃紀子さま、安田成美さん、小泉今日子さん、早見優さん、益子直美さん、小谷実可子さん、酒井順子さん…。66年生まれの著名な面々である

▼来年はそれから60年。既に来年の出生を左右する時期に入っているが、深刻な少子化の世に、いにしえの迷信がはびこる余地はないだろう。国は間もなく昨年生まれた子どもの数を公表する。初の70万人割れも予想されている。66年のほぼ半数である。

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