国民の祝日となってまだ9年の「山の日」は、どう過ごすのが正解だろう。登る。眺める。拝んでみる。祝日法は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日」とする
▼山への敬意といえば、この人も並外れていただろう。登山家ではない。「最後の宮大工」と言われた西岡常一(つねかず)さんだ。世界最古の木造建築群、法隆寺の専属大工を務めた。ことし没後30年を迎えた
▼建立1300年を超える法隆寺の解体修理や薬師寺金堂の再建などを手がけ、文化功労者にも選ばれた。木材1本1本を見極める妥協なき探究心が、木を育む山への敬意につながる
▼西岡さんの信念を表す言葉がある。「堂塔建立の用材は木を買わず山を買え」。いい仕事をするには用材となる木の性質を知らなければならず、そのためには生育した山の環境を知る必要がある。宮大工としての心構えを示す口伝の一つだ
▼山の日当たりや風向き、方位の違いで、育つ木の堅さやねじれは異なる。特性を理解した上で、適材を適所に使うという。「癖は悪いもんやない。人間と同じですわ。個性を見抜いて使ってやる方が長持ちする」。著書「木のいのち木のこころ」に記している
▼早さや安さ、手軽さが重視されるファスト文化の価値観とは、遠く離れた営みとも言える。慌ただしい日常をあくせく暮らす身には縁遠くも感じるが、現場主義に基づく思想は色あせない。長い歳月をかけ、木はじっくり静かに山で育まれる。奥深い山での時の流れに、思いを巡らせてみる。