「健康だったことが一番運が良かった」と語る村山元威さん=新潟市中央区
「健康だったことが一番運が良かった」と語る村山元威さん=新潟市中央区

 戦場において、生と死は常に紙一重だった。どん底から生き延び、戦い終えても苦しみは続いた。国民一人一人の命は軽んじられた。決して繰り返してはならない時代を知る証言者たちは、戦争の果てに何を思うのか。戦後80年の今、その声に耳を傾けた。(9回続きの3)

<2>中国で撤退部隊の最後尾に、声もなく消えた戦友…新潟市中央区・105歳の倉島熊治さん

 氷点下30度を下回る極寒のソ連(現ロシア)・シベリア。捕虜収容所に押し込められた旧日本兵にとって、最初の冬が最大の試練だった。村山元威(もとい)さん(101)=新潟市中央区=は「寒さと病気、栄養失調の三つを耐え忍んで、やっと冬を越せた。老齢の人が余計に死んだ」...

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