長岡藩家老の娘として生まれた杉本鉞子(えつこ)は、米国でベストセラーになった「武士の娘」に、お盆の思い出を書いている。時代なのか、家の格式なのか、先祖の霊を家に迎え供養する準備は、一家総出で数日間にも及んだという

▼庭木や生け垣を整え、屋根から床下まで家中を掃除する。仏壇を磨き、野菜や果物、七草を盛った花瓶を供え、ナスとキュウリで作る牛と馬の飾り物を添える。「年中行事の中で一番親しみ深い」と記している

▼わが身を振り返れば、昔からの習わしをほとんど知らない。聞きたい時に親はなし。もはや子の代に引き継ぎようもない。お盆の成り立ちから慣例まで図書館で調べてはみたが、理解の及ばぬこともある

▼両親の位牌(いはい)は自宅にある。仏壇は空き家にしている実家にある。実家の近くに墓はある。さて、両親の精霊はどこからどこへ帰るのかしら。現世の者が墓へ迎えにいくともされるが、海や山から迎える地域もある

▼佐渡の琴浦では、麦わらの船に火を付け漁船で沖合までひき、迎え火とした。かつては帰りの漁船から子どもらが海に飛び込み、岸まで泳いだ。少子化で現在は泳ぐこともないというが、伝統を守る集落に敬意を抱く

▼それに比べて信心の薄い末えいを、先祖は許してくれるだろうか。盆の入りを前に墓も仏壇もお参りは済ませたものの、実のところ故人の霊がそこにとどまっているとも思わない。あの歌のように、風になって好きな所を飛び回っていてほしい。そんなふうに祈るのだが。

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