ガラスケース越しに目に焼き付いたのは「白樺日誌」だった。紙がないからシラカバの木をはいでノートにし、故郷への思いや強制労働のつらさを和歌でつづった。シベリアで2年間抑留された男性が、すすを水に溶かし空き缶を加工したペンで書いた
▼京都府舞鶴市にある舞鶴引揚記念館は、引き揚げの歴史を伝えるため1988年に開館。日誌など570点は2015年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録された
▼かつて作家の梯久美子さんは、ここで長岡市(旧越路町)出身の故三波春夫さんの色紙を見た。〈敗れても故郷(くに)はここぞと旗の波〉。そう記されていたと、著書「戦争ミュージアム」に書いている。忘れられない展示品になったという。色紙は現在、収蔵庫に保管されている
▼舞鶴港は引き揚げ港に指定され、抑留から帰還した三波さんらは多くの旗に出迎えられた。一方、生死が分からぬ夫や息子を待ち続けた女性もいたと展示は伝える。戦争体験者の証言を直接聞く機会は激減した。教訓を静かに訴えかけるこうした展示物から、学び取らなければならないとの思いが募る
▼戦後80年。少し普段と違う旅をするのもいい。梯さんの著書には戦争や平和に関連した資料を展示する14の施設が載る。行きたいミュージアムを選びその周辺も巡る。そんな旅程はどうか
▼家族や友人と足を運び、入場料を払って見学することは、記憶を次世代へ引き継ぐ取り組みを続ける各施設にとって支えになるはずだ。