日韓共催の2002年サッカー・ワールドカップ(W杯)が、新潟市の新潟スタジアム(現デンカビッグスワン)で開催されてから6月で20年になった。

 招致合戦の末、開催10都市の一つに選ばれ、国内開幕戦を飾った。本県が多くの外国人客を受け入れた大会は初めてだった。

 その後世界規模の大会は開かれず、当時の熱気は遠のいている。W杯を成功させた自信と誇りをいつか取り戻したい。

 W杯招致活動では、本県のポテンシャルが評価された。

 上越新幹線で東京と直結し、新潟空港は韓国との玄関口になる。15候補地の中で唯一の日本海側だったことも競技の普及を目指す日本サッカー協会を動かし、決選投票で愛知県を破って選ばれた。

 大会に向けて建設された新潟スタジアムでは、3日間で3試合が行われ、最終日にはスーパースターのベッカム選手を擁するイングランドが登場。3-0の快勝に何度もウエーブが起きた。

 運営面の課題は観客の輸送だった。前年のプレ大会で新潟駅発のシャトルバスが混乱し、試合開始に間に合わない観客が続出した。本番はバスの無料化や態勢の増強で乗り切った。

 過激なフーリガン(暴徒)対策にも神経をとがらせたが、新潟駅周辺は大声で応援歌を歌う陽気なサポーターであふれ、県民と肩を組んで写真に納まった。子どもたちには国際交流の原体験になったことだろう。

 W杯が生んだ交流は今も続く。十日町市をキャンプ地とし、新潟市で試合をしたクロアチアは、その後もナショナルチームの合宿を十日町で行ってきた。

 こうした縁から21年の東京五輪では同国のテコンドーなどの選手が事前キャンプを実施した。

 最大の「遺産」はビッグスワンだろう。招致活動の一環として強化されたアルビレックス新潟が現在、ホームとして活用している。

 アルビはW杯翌年の03年にJ1昇格を決め、県内で高まったサッカー人気の受け皿となった。一時は毎試合4万人を集め、18年にJ2に降格してからもリーグ屈指の観客動員を誇る。好調な今季はJ1昇格を果たしてほしい。

 W杯で世界から評価された施設と運営能力を、しっかり継承していけないだろうか。

 09年にトキめき新潟国体、20年には陸上の日本選手権が開かれたものの、国際大会の招致はあまり進んでいない。

 日本代表の8強入りに沸いた19年のラグビーW杯招致を巡っては、当時の泉田裕彦知事の判断で、県は立候補しなかった。世界トップクラスの技に触れ、訪れる外国人と交流する機会を逃したことは残念でならない。

 自治体の財政が厳しい中、多額の費用を大会招致に充てることには議論が必要だろう。

 だが、「サッカー不毛の地」といわれた本県の挑戦が夢舞台を実現させ、地域にスポーツ文化が根付いてきた歩みは、地方都市のモデルケースになった。20年前の輝きを失ってはならない。