ノーベル化学賞に決まった北川進さんが大切にした心構え「無用の用」は、紀元前の中国の思想家荘子が唱えた。役に立たないと思われているものが実は有益だとする考え方は、老荘思想の一つとして現代に伝わる

▼老荘思想は日本初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹さんの指針でもあった。中国哲学の研究者湯浅邦弘さんは〈人間の独善的な作為に対する懐疑的な見方、そして常識を常識として簡単には受け入れない柔軟な思考〉に湯川さんは影響を受けたと著書に記す。北川さんの姿勢とも重なる

▼今年のノーベル賞には、生理学・医学分野で坂口志文(しもん)さんも選ばれた。日本科学界の底力を示すものだ。ただ2人とも、受賞を祝福する阿部俊子文部科学相に対し、同じことを要望していたのが、やはり気になる

▼若手研究者の育成のために国が何をすべきか尋ねた大臣に、2人はそれぞれ日を隔てながらほぼ同様に「基礎研究への支援」を訴えた。さかのぼれば、過去にノーベル賞に輝いた本庶佑(ほんじょたすく)さんも大隅良典さんも同じことを力説している

▼ただちに「有用」とは言い切れない基礎研究は、日本では冷遇されてきているのが現状だ。国立大に支給される運営費交付金は財政難を理由に縮小が続く

▼北川さんも坂口さんも同じ74歳。昭和の時代から続く地道な研究の蓄積が、人類に貢献する発見につながった。今の研究環境が続いた先に何が見えるか。未来の学術に投資する余裕など日本にはない-。それが私たちの総意なのだろうか。