物価高に窮する家計の実態を理解しているのか疑いたくなる発言だ。「物価の番人」と呼ばれる日銀には、生活者の目線を忘れないでもらいたい。

 日銀の黒田東彦総裁が講演で、商品価格の引き上げが相次いでいることを背景に「家計の値上げ許容度も高まってきている」と発言し、波紋が広がった。

 講演翌日には誤解を招く表現だったとして陳謝し、さらにその翌日には「表現は全く適切でなかった」と述べ発言を撤回した。

 日銀総裁が自らの発言を謝罪、撤回するのは極めて異例だ。値上げラッシュが止まらず、経済の先行きが不安視される中で、発言は庶民感覚からあまりに離れている。撤回するのが当然だ。

 日銀は消費者物価の上昇率を前年比で2%にする目標を掲げている。賃金が上がって消費が活発になり、結果として物価が上がる経済の好循環が目標達成の前提だ。

 4月には生鮮食品を除く消費者物価の上昇率が前年同月比2・1%となり、目標を上回った。

 ただこれはエネルギー価格の上昇などによる一時的なものとみられ、賃金上昇は伴っていない。

 講演で黒田氏は、平均的に2%とするには賃金と物価の相乗的な上昇が必要とし、「家計が値上げを受け入れている間に良好な経済環境を維持し、来年度以降の賃金の本格上昇につなげていけるかがポイントだ」と説明した。

 経済環境が改善して賃金が上がるまで、家計に我慢しろと言っているように聞こえてしまう。インターネット上などで反発が広がったのは理解できる。

 問題となった「値上げ許容度」は、日銀が物価動向を見る指標の一つとして用いている。

 黒田氏は今回、家計の物価や賃金に対する見方を調べた東大教授のアンケート結果を引用したが、そこでは「家計の値上げ耐性が高まった」と表現されていた。

 分析結果は黒田氏に近いが「許容」と「耐性」では印象が違う。引用が黒田氏の主張に沿う一部だけだったことも適当ではない。

 また黒田氏は許容度改善の背景に、ウイルス禍で旅行や外食が控えられ、結果としてお金がたまった「強制貯蓄」があるとした。

 しかし強制貯蓄は高所得者層に集中しており、貯蓄に向かわなかった低所得者層の値上げ許容度が高まる根拠にはならない。

 気になるのは、黒田氏の発言が「失言」ではなく、用意された原稿に書かれていたことだ。幹部の確認を経て完成させており、組織的な見解と言っていい。

 日銀の金融緩和政策維持と米国の利上げによって円安が急進し、国民生活への影響が心配される。

 現状をしっかり踏まえ、日銀は国民生活の実態を的確に把握し、理解を得られる言葉で説明することを怠らないでもらいたい。