新潟名物笹だんごを愛でるように見つめる伊藤秀次さん
新潟名物笹だんごを愛でるように見つめる伊藤秀次さん

 アニメーションの発展に多大なる貢献をしてきた技術職スタッフに贈られる映画祭独自の個人顕彰「蕗谷虹児賞」。その第4回の受賞者に選ばれたのが、腕利きの“原画マン”として多くの話題作で作画を担当してきたアニメーター・伊藤秀次さんだ。初日、2日目と会場でも何度も登壇されたご本人に、仕事への矜持と後に続く若い世代への思いを聞いた。(アニメライター・鈴木長月)

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──月並みですが、まずは受賞の喜びを聞かせてください。

 ひたすら絵を描き続けてきただけの自分に、まさか笹だんごを持ってポーズを決める日が来るとは思ってもみなかったです(笑)。どちらかと言うと、僕は蕗谷虹児さんとは真逆の人間。そこにはちょっと恐縮もしますが、でも大変光栄なことだと思っています。

──その道一筋に第一線で活躍されてきたことが今回の最大の受賞理由なわけですが、そもそもアニメを仕事にしよう、と明確に意識されたのはいつ頃だったんでしょう?

 中学校で西尾鉄也(アニメーター/Production I.G取締役)と隣の席になったこと。やっぱりそこが大きいですよね。アニメをただ好きで見ていただけの僕に「あれって仕事なんだ」、「そういう仕事もあるんだ」と思わせてくれたのが彼だった。もちろん、その時点では実際にやっていけるかのどうかも、まったくわかってなかったですけどね。

──それが「やっていけそうだぞ」に変わったのは?

どうですかね。(21日午後開催の)記念講演では「『スチームボーイ』で田中栄子さんが“月拘束”にしてくれて、それで生活が安定した」(※)とお話したんですけど、あの頃もそれが続くかどうかは、全然まだわからない状態。なんとなくにでも「いけるかも」と思えたのは、それが途切れずに続くようになった40歳前後だった気がします。

(※2004年公開の大友克洋監督作。伊藤さんいわく「僕だけでも5年近くは携わった」という労作で、その間に制作はスタジオ4℃からサンライズへと引き継がれた。25日/12時半からはその田中氏の講演会を市民プラザにて開催予定)

──どこか会社に所属して、月給制で描くみたいなことはその間、一度も?

 現在に至るまでずっとフリーです。まっとうな人ならきっと、「このままだとヤバいんじゃない?」って視界の端に赤ランプがつくんでしょうけどね。僕の場合は、「なんか光ってるな」と思いつつも、描きたい気持ちのほうが勝っちゃった。お給料をもらっちゃったら、なかなか自由にも生きられないんじゃないかなって。結局、一番大事なのは自分が「楽しい」と思えるか。そこにさえ確信があれば、それだけで走ってもいけるので。

──かく言うぼくもずっとフリーなので、その気持ちに激しく同意です(笑)。とはいえ、伊藤さんほどのキャリアがあれば、「自分で演出もしてみたい」となっても不思議はなさそうです。実際、アニメーターから演出に回られる方も多いですよね?

 人から「やれば?」と言われることもあるんですけどね。ただ、僕のなかには「こういうものが作りたい」というのが、そこまでなくて。なんて言うか、まだ知らない本当の意味での達成感というものが味わってみたくて、自分でも「もっとできるんじゃないか」と思いたい。たぶんそんな感じなんだと思います。こういうときに、「原画の道をきわめたかった」みたいなことがサラッと言えたら、格好もつくんですけどね(笑)。

アニメーションの技術職を顕彰する蕗谷虹児賞を受賞した作画の伊藤秀次さん

──聞けば、今でもお仕事では紙に描かれているとか。そのあたりにもこだわりが?

 いえ、ただただ時代に乗り遅れているだけで、そこへのこだわりはまったくないです。仲間うちでは「ワンチャン、俺らはもう逃げ切れるのでは」みたいな話になることもありますけど、現場を回している制作の人たちからはきっと、「ちょっと、そろそろマジで勘弁してくれない?」とも思われているはずなので。

──確かに。取材して翌日には出すこの原稿を、もし仮に手書きの原稿用紙で納品したら、めちゃくちゃ嫌がられるでしょうから……。

 自分なりに練習もしてはいるんですよ。ただ、移行してすぐは、みなさんガクッと手が遅くなって下手になる、とも聞くんでね。いまはそれが怖くて、まだちょっと二の足を踏んでいます。こんなことを言っちゃうと、すでに移行済みの諸先輩方から、「そんなこと言ってるから、いつまでたってもできないんだ」と怒られそうですけど。

──では最後に、映画祭にはアニメーションキャンプの参加者をはじめ、たくさんの若い世代も来場します。その道の先達として、伝えたい言葉などがありましたらぜひ。

 若いときはついとがっちゃったりもしがちだし、アニメーターのなかにもすぐ敵を作っちゃう人はいますけど、やっぱり人には常に優しさをもって接したほうがいい。大人数で一つのものをつくる商業アニメの世界も、なんだかんだで、最後にモノを言うのは人間関係。「ちょっと小ズルく立ち回っちゃったなぁ」ってときでも、そこに相手への思いやりが少しでもあれば、それは後々、自分にもちゃんと返ってくると思うので。

──仕事に追われてその余裕がなくなったときは、どうしましょう?

 普通にお勤めをされている方々のほうが、日々のストレスはよほど多いでしょうからね。理不尽なこともないわけではないですけど、僕のストレスなんて知れている。いい絵が描けたら、それで「まぁ、いいか」となるぐらいのものでしかないですよ。

◎伊藤秀次(いとう・ひでつぐ)日本のアニメーション業界において、長年にわたりアクションおよびエフェクト作画のスペシャリストとして第一線で活躍しつづけている。水、炎、爆発などの自然現象やダイナミックなキャラクターアクションを、独自のアニメーション表現へと昇華させる卓越した技術を持つ。代表作に『スチームボーイ』(原画)、劇場版「NARUTO」シリーズ(作画監督・原画など)、『ストレンヂア 無皇刃譚』(作画監督協力、原画)、劇場版「ドラえもん」シリーズ(原画)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(原画)、『天気の子』(サカナ設定、原画)、『すずめの戸締まり』(サダイジン(巨大化)設定、プロップ設定、原画)ほか多数。

〈著者プロフィル〉
鈴木長月(すずき・ちょうげつ)1979年生まれ。大阪府出身。東京都在住。出版社勤務を経て、フリーランスとして独立。プロ野球からサブカルチャーまで守備範囲は広く、アニメ専門誌「アニメージュ」(徳間書店)などにも寄稿する。妻が胎内市(旧中条町)出身で、新潟は自称「第2の故郷」。