6月の和風月名は水無月。田に水を引く月の意とされる。県内の水田が輝きを増す時季である。毎年、この月を特別な思いで迎える人たちがいる

▼81年前の6月、太平洋戦争で激しい地上戦があった沖縄で亡くなった住民や兵士の遺族だ。新潟市西区の伊藤悦子さんもその一人。陸軍の新発田連隊に所属していた父が1945年6月16日ごろ、沖縄本島南端の糸満市摩文仁(まぶに)で亡くなった

▼父は44年7月に沖縄北部に派遣され、南部まで転戦や敗走を繰り返した末に戦死した。84歳になる伊藤さんは30年以上前から何度も現地を訪れている。沖縄戦が終わったとされる「慰霊の日」の6月23日に合わせて、父がたどったであろう道を10キロ近く歩いたこともあった

▼「お父さん、元気で頑張ってるよ」。伊藤さんは摩文仁の海に向かって話しかける。幼かったため父の記憶はほとんどないが、現地に行くと父の無念や戦禍の悲惨さが肌で分かり、涙が流れるという

▼ただ2年前の訪問で衝撃を受けた。沖縄美(ちゅ)ら海水族館は修学旅行生で混み合っていたが、女子学徒隊を慰霊するひめゆりの塔は閑散としていた。かつて列をなしていた修学旅行のバスが一台もない。伊藤さんは記憶の風化に危機感を覚え、「戦争と平和のことも現地で学んでほしい」と願う

▼沖縄戦で命を落とした本県出身者は1236人。南方地域全体では4万人を超える。その多くは遺骨さえ戻らないままだ。陽光を浴びて緑を映す故郷の田んぼをもう一度、見せてあげたかった。