新潟水俣病公式確認61年の節目に、国への要請書を手渡す新潟水俣病共闘会議の中村周而議長代行(中央)=5月31日、新潟市北区
新潟水俣病公式確認61年の節目に、国への要請書を手渡す新潟水俣病共闘会議の中村周而議長代行(中央)=5月31日、新潟市北区

 解決の糸口が見えない水俣病問題。全容解明や患者の救済に必要とされる健康調査はなぜ行われてこなかったのか、今後どのように被害と向き合うのか。健康調査を巡る歩みと調査の在り方を軸に、熊本と新潟の公害被害の現場から解決への課題を探った。(5回続きの1)

 熊本県水俣市で水俣病の患者が確認されてから5月で70年となった。その9年後には、新潟県の阿賀野川流域で「第二の水俣病」とされる新潟水俣病を確認。長い年月を経てもなお被害の全体像は把握されていない。国は熊本、鹿児島両県が面する不知火(しらぬい)海沿岸で「住民健康調査」に乗り出す。

 ただ、その手法を巡っては科学重視の国と、患者に寄り添いながら救済への道筋を探るよう求める被害者団体の間で考えに深い溝がある。また新潟県では実施の見通しさえ立っていない。...

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