異例の対応に国民から賛否の声が出ている。政府には納得のいく説明が求められる。

 参院選の街頭演説中に銃撃されて死去した安倍晋三元首相の葬儀について、岸田文雄首相が記者会見で、秋に「国葬」として実施することを明らかにした。

 首相経験者の国葬は1967年の吉田茂元首相以来だ。最近の首相経験者の葬儀は、内閣と自民党が費用を分担する「合同葬」が通例だった。

 安倍氏を国葬とすることについて、岸田首相は「わが国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と強調した。

 憲政史上最長の8年8カ月、首相の重責を担い、外国首脳を含む国際社会から高い評価を受けていることなども理由に挙げた。

 これに対し、国民からは「功績の大きさから国葬は当然」との見方がある一方、「国葬までする必要があるのか」と否定的な意見も出ている。

 国葬の決定も唐突だった。冷静に幅広く意見を聞き、議論の末決めていくべきではなかったか。

 国葬は国の儀式として全額国費が充てられ、費用も高額となるとみられる。

 税金で賄うことに理解は得られるのか。どういう形で国民が参加するのかも不明だ。

 岸田首相は国葬の実施について、国の儀式を所掌するとした内閣府設置法を根拠に挙げ、閣議決定により可能だと説明する。しかし、国葬の対象者や実施要領を明文化した法令はない。

 安倍氏の実績を巡っては、さまざまな功罪が指摘されている。今後検証すべき点も多い。

 強いリーダーシップや政策実行能力などが高く評価されている半面、森友・加計学園や「桜を見る会」を巡る問題では、説明責任を尽くさなかった。真相は依然として闇の中だ。

 桜を見る会に関しては、国会でうその答弁を積み重ねた。国会軽視の姿勢も忘れてはならない。

 岸田首相が国葬の決断をしたのは、自民党役員会で「国葬にしたらどうか」との意見が複数上がったのを受けてのことだとされる。党幹部と方向性を確認し、安倍氏の妻・昭恵さんに電話で伝えて了承を取ったという。

 安倍氏は党内最大派閥を率い、保守層の支持も厚かった。岸田首相には、国葬にすることで党内対立を避ける狙いもあるのではないか。政治的な意図が透ける。

 安倍氏が志半ばで凶弾に倒れたことに、多くの国民は衝撃を受け、深い悲しみを抱いていることは事実だろう。

 一方で、国葬とすることにより懸念される点もある。安倍氏の負の側面に向き合わず、ふたをしてしまうことにつながらないか。

 言論の自由と民主主義を守る意義をもう一度確認したい。