戦後、平和の恩恵を授かっている私たちに、ウクライナの報道は衝撃を与えた。

 ミサイルを被弾したビル、焼け焦げた車両、泣き叫ぶ女性…。2月24日に始まったロシアの軍事侵攻は、戦争という現実を突き付けた。

 「ロシア軍が国境に迫っていたことは知っていたが、まさか国境を越えて入ってくるとは誰も思わなかった」

 ウクライナ東部ドニプロから隣国スロバキアを経て、小千谷市へ夫とともに避難してきたイリナ・シェフチェンコさん(38)は語った。

 戦争は実際に起きるまで、現実のものとして考えられなかったという。日常の暮らしは、いとも簡単に失われた。

 父はドニプロ、母と姉はスロバキアにそれぞれ残り、家族は離れ離れになった。

 工業都市ドニプロは、侵攻のあった日に空港がミサイル攻撃されたほか、郊外では攻撃が続いているという。

 「こんなにも正義とかけ離れた事態が起こっていること自体が、信じられない」

 信じたくはない現実が母国で相次いで起こっている。

 虐殺やレイプがあったとの報道に接すると、「ロシアの人々を憎まずにはいられない」と眉をひそめる。

 戦争は人間の心に憎しみをもたらす。それがさらなる暴力の連鎖につながるのなら悲しむべきことだ。戦争は絶対にあってはならない。

 ◆77年前の惨状を想起

 終戦から77年の日を迎えた。

 国内外で犠牲になった人たちを悼むとともに、過去の過ちを反省し、二度と繰り返してはならないと誓いたい。

 ウクライナ侵攻は、日本が太平洋戦争で経験した沖縄の地上戦や、全国各地の空襲により多くの地が焦土と化した惨状を想起させた。

 厚生労働省によると、日本では日中戦争を含め太平洋戦争で、軍人・軍属約230万人と、民間人約80万人の合わせて約310万もの人が亡くなった。

 広島と長崎に投下された原爆では、77年たったいまも多くの被爆者が苦しんでいる。

 一方、朝鮮半島を戦前から植民地化したことをはじめ、中国やミャンマー、シンガポール、マレーシアなどアジア諸国に甚大な被害を与えた。

 戦後77年がたち、先の戦争体験者は年々減少している。戦没者遺族の平均年齢は80歳を超え、戦没者の妻に限れば平均年齢は100歳に迫る。

 遺族会が解散する地域も目立つ。次世代への伝承は戦争体験者だけでは限界にきている。若い人の力が欠かせない。

 遺族会が解散した地域では、地元有志や青年部などが活動を引き継いでいる。こうした動きを広めていかねばならない。

 少なくなった体験者の声を聞く機会を子どもたちが得られるような教育にも、各自治体は力を入れてもらいたい。

 長岡での空襲や直江津に捕虜収容所があったことなどは、きちんと学んでいきたい。

 私たち一人一人が平和を守っていくのだと意識して、終戦の日を過ごしたい。

 新潟日報社が加盟する日本世論調査会が6~7月に実施した調査で、「日本が今後、戦争をする可能性がある」と思う人は、48%に上った。

 一昨年は32%、昨年は41%で2年連続増えている。

 ◆高まる戦争への脅威

 報道などで連日目にするウクライナの惨状に、戦争の脅威を身近に感じる人が増えた形だ。

 東アジアの情勢も軍事的覇権を強める中国と、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮などにより緊迫感が例年になく増している。

 こうした中で、「戦争回避に最も重要と思う手段」を聞いた設問には、「平和に向け外交に力を注ぐ」との回答が32%で、「軍備の大幅増強」の15%を大きく上回った。

 外交交渉で対話を重ねる努力が必要との認識が、国民の間には浸透していることが分かる。

 日本は戦後、平和主義を掲げる憲法を変えずに守ってきた。

 シェフチェンコさんは、戦争放棄をうたった日本の憲法を「素晴らしい。すべての国がそうあるべきだ」と語った。

 武力に頼らず平和を守り、その大切さを訴えていくことが日本の役割だ。

 そのためには、過去の戦争を積極的に学び、後世に伝えていくことが欠かせない。