米国と同盟国の安全保障を揺るがしかねない由々しき問題だ。大統領経験者が、核兵器を含めた軍事機密を外部の人間に平然とさらしていたという信じられない事態が明らかになった。

 米連邦大陪審は、私邸への機密文書持ち出しを巡って、トランプ前大統領を起訴した。

 国防情報を不当に保持していたスパイ防止法違反や司法妨害の共謀など七つの罪に問われ、37件の個別事案で起訴された。連邦法違反で米大統領経験者が起訴されるのは初めてだ。

 起訴状によると2021年、2回にわたり、米軍の軍事作戦に関する文書や地図を機密と知りながら、閲覧権限のない外部の関係者に見せていた。

 米大統領は退任の際、公務記録を国立公文書館(NARA)に引き渡すよう義務付けられている。

 しかし、トランプ氏の南部フロリダ州の私邸マールアラーゴから、連邦捜査局(FBI)の家宅捜索などを通じ300点以上の機密文書が見つかり、ホワイトハウスから持ち出したとみて特別検察官が捜査していた。

 機密文書には、米国や同盟国の軍事的弱点を示したものや、外国による攻撃への報復計画も含まれていた。日本の機密も漏れていないか心配だ。

 トランプ氏は3月に不倫もみ消し問題で、ニューヨーク州法に違反したとして起訴されており、刑事責任を問われるのは2件目だ。

 機密文書の保管状況もずさんだった。起訴状に添付された写真には、私邸の宴会場の舞台やトイレの便器脇に、機密文書が入った箱が写っていた。

 写真や録音記録に基づく会話からは、機密保持に対する罪の意識の低さがうかがえ、驚くばかりだ。引き渡しを求める当局からの隠蔽(いんぺい)工作も図っていた。

 懸念されるのは、トランプ氏が起訴を「政治的迫害だ」と民主党のバイデン政権を非難し、24年の大統領選の共和党候補指名争いに向け利用していることだ。

 3月の起訴の時も、民主党による政治的迫害と訴え、トランプ氏の支持率は急上昇した。

 こうした主張は米社会の分断を深めるだけだ。

 だが、ロイター通信などの世論調査では、共和党支持者の81%が起訴を政治的だとみている。指名を争っている他の候補はトランプ氏に同調し、批判には及び腰になっている現状だ。

 各種世論調査の平均支持率(6月13日時点)によると、トランプ氏は52・7%と2位の候補に倍以上の差を付けている。

 トランプ氏は今後数カ月のうちに、21年の米議会襲撃事件に関与したことなどでも起訴されると見込まれている。民主主義国家の指導者として再び選ばれることがあるのか注目される。