大きな吹き抜けとアート作品が特徴の白井屋ホテル。前橋の活性化のシンボル的な場となっている=前橋市
大きな吹き抜けとアート作品が特徴の白井屋ホテル。前橋の活性化のシンボル的な場となっている=前橋市

 人口減少や人手不足が課題となる中、個性や魅力を打ち出し、人や企業、資金を地域にいかに呼び込むかが経済活性化の鍵となる。多様な工場を地域資源として公開するイベントを通じて産業観光に力を入れる新潟県の燕三条地域や、「民間の力」を引き出してまちづくりを進める前橋市の取り組みなどから、ファンをつくり、巻き込む新たな「誘致」を探る。(3回続きの3)

 人口約33万人の前橋市で官民連携によるユニークなまちづくりが進んでいる。けん引役の一人が地元出身で眼鏡製造小売りのジンズホールディングス(HD)の田中仁社長(60)。私財を投じてホテルを改修し、アートと一体となったシンボル的な場にした。投資や観光の呼び水となり、開発や店のオープンが相次いでいる。

 大きな吹き抜けに配管のようなアート作品が縦横無尽に走る白井屋ホテル。緑あふれる空間にピアノ演奏が響き、おしゃれで優雅な時間が流れていた。

 「前橋のリビング」をコンセプトに、2020年にオープン。地域住民と訪れた人が交流し「めぶく」場を目指した。新潟三越跡地(新潟市中央区)の再開発に関わる建築家の藤本壮介氏が設計した。

大きな吹き抜けに配管のようなアート作品が縦横無尽に走る白井屋ホテル=前橋市

 「6年かけて徹底して考えた。妥協せず、人が来たくなるホテルにこだわった」と田中氏。「地方のまちは顔が分かりにくい。顔をつくり、人を呼び込もうと考えた」と打ち明ける。

 地元経済人らから要請を受け、田中仁財団のまちづくり活動の一環としてホテルを買い取り再生させようと考えた。周囲は反対した。「需要があるからホテルができる。一体誰が行くのか」「前橋はどんなまちなのか」と問われたという。

前橋のまちづくりについて語る田中仁・ジンズホールディングス社長=東京都内

 「前橋の特徴、まちづくりのビジョンを答えられなかった」という田中氏は、行政とともに前橋のビジョンづくりに着手。先入観のないドイツのコンサルティング会社に調査を依頼した。出てきた分析は「Where good things grow(良いものが育つまち)」。コピーライターで前橋市出身の糸井重里氏に協力を仰ぎ、ビジョンを「めぶく。」と表現した。

 ビジョンができたことでまちづくりが加速した。ホテルの近くには、住居やギャラリー、レストランなどの複合施設「まえばしガレリア」もオープンした。運営するまちの開発舎、橋本薫代表取締役は「ホテルというおもてなしの玄関ができ、ビジョンという共通言語もできてまちづくりの軸ができた。挑戦がキーワードになった」と振り返る。

ギャラリーや住居が立体的に組み合わされた複合施設「まえばしガレリア」=前橋市

 賛同する人が増え、地元経営者らによる「太陽の会」が発足。毎年純利益の1%か最低100万円を寄付し、まちづくりに充てている。中心市街地に投資する流れが徐々に生まれ、若者が起業したり店を開いたりする動きも活発化した。

 下地には、群馬イノベーションアワードなどで起業家精神を育んだ人たちが増えてきたこともある。前橋商工会議所の村井誠志常務理事は「動きが連鎖し、若い人の刺激になって広がりが出てきた」と評価する。

 ジンズHDも本社機能の一部を移す予定であるほか、前橋にオフィスを置く企業も相次ぐ。

 田中氏は力を込める。「エッジが立つから(注目され)人が集まり、多様性も生まれる。民の力を生かしてまちの個性を打ち出したい」

=おわり=

▼関連記事はこちら