水は低きに流れ、人は高きに集まる-。田中角栄元首相の「日本列島改造論」はこう始まる。人口減少や人手不足が課題となる中、個性や魅力を打ち出し、人や企業、資金を地域にいかに呼び込むかが経済活性化の鍵となる。多様な工場を地域資源として公開するイベントを通じて産業観光に力を入れる新潟県の燕三条地域や、「民間の力」を引き出してまちづくりを進める前橋市の取り組みなどから、ファンをつくり、巻き込む新たな「誘致」を探る。(3回続きの1)
トントン、トン。小気味いい音が体験スペースに響いた。鎚起(ついき)銅器で有名な新潟県燕市の「玉川堂」。職人の技の見学だけでなく、体験も受け入れており、台湾から訪れた女性2人が、自ら銅板をたたいてものづくりを体験した。
2人は「初めて来たけど、実際に見て体験できて面白い」と楽しそうに話した。

玉川堂の鎚起銅器を眺める台湾人観光客=燕市
金属加工や洋食器などで知られる燕三条地域は、この10年ほどで産業観光のまちとして注目され、国内外から多くの人が訪れている。そのきっかけとなったのが、地域の工場などを一斉に開放する「燕三条 工場(こうば)の祭典」だ。
「大きな観光資源はないが、多様なものづくりの現場を生かして人を呼び込めないか」と考え、2013年に始めた。十日町市と津南町を舞台にした「大地の芸術祭」も参考に、点在する工場を巡るイベントとして展開。新型コロナウイルス感染禍前の19年には4日間で約5万6千人が訪れた。
イベントを監修してきたメソッド(東京)の山田遊社長は「工場という資源にフォーカスし、都市から産地に人を呼び込んだ。値段だけで判断するのではなく、現場を見せることで価値を伝えたかった」と語る。

工場の祭典のツアーで、やすり製造の現場を見学する参加者=2023年10月26日、燕市
2023年は10月26〜29日、87の企業などが参加し、職人自ら技術やものづくりの魅力を発信した。国内外から約3万人が来場し、販売額も約3500万円と、全国有数のオープンファクトリーイベントとなった。
これまでの取り組みで「燕三条の認知度が上がり、ファンが定着した」(祭典の運営団体KOUBAの齋藤和也代表)ことに加え、職人になりたいという人や移住希望者も出てきたという。常時見学を受け入れる工場も25カ所ほどに広がるなど、地域の受け皿づくりも進む。
また、開催10年を機に世代交代を進め、運営をより地元主導の形とした。デザインも従来の「ピンクストライプ」ではなく、工場をイメージしたものに変え、各企業がアレンジするなど工夫を凝らす方向とした。
監修したプロダクトデザイナー、堅田佳一(よしひと)氏=新潟市中央区=は「10年の積み重ねを生かしつつ、工場の祭典を進化させ、さまざまなチャレンジの場としたい」と語る。

新潟県外の企業と燕三条地域の工場をつなぐ「燕三条こうばの窓口」。工場をイメージしたユニークな空間となっている=JR燕三条駅
JR燕三条駅には、各工場へとつなぐ「燕三条こうばの窓口」が開設された。工場を巡るツアーが好評で通年化を模索している。
玉川堂の山田立(りつ)番頭は「観光客と接することで、受け入れる地域側の気づきや学びも多い。観光は観光産業だけのものではなく、全ての経済活動に関わることを知れば、観光がより身近な存在になる」と語る。
燕三条ブランドを生かして人や企業を呼び込むだけでなく、来訪者から情報や知恵を得たり、ニーズをつかんだりする好機と捉える燕三条地域。産業観光が地域の意識を変え、ビジネス活性化の力になっている。