東京出張から新幹線で戻り、帰宅してから財布がないと気づいたことがある。新幹線の座席にでも落としたか。慌てて担当窓口に電話すると、届け出があったので保管しているという
▼ほっとして、すぐに引き取りに出向いた。ホームに落ちていたらしい。現金少々と免許証、クレジットカード類は、しっかり残されていた。見つけてくれたのは誰だろう。駅の職員か、親切な乗客か。ともあれ、大いに感謝した
▼作家で俳人のせきしろさんに、落とし物をテーマにしたエッセー集がある。ご本人は財布やお金を拾うことがよくあるという。ある時、紙幣が落ちているのを見つけた。しかし破れている
▼よく見ると「百万円札」という実際にはないお札だ。せきしろさんは想像する。お札を見つけた誰かが喜んで拾い上げると、ただのジョークグッズだった。だまされた悔しさと恥ずかしさは怒りに変わり、偽の紙幣を破り捨てたのでは
▼はたまた、銀行強盗が奪ったお金を確認すると偽物だった。罪を犯してまで手に入れたのにと、やり場のない怒りがわき上がり、やはり破いて捨てたのでは…。作家の想像力は落とし物にさまざまな物語を見つける
▼県警に昨年届け出があった拾得物は22万8478件で、前年より11%増えた。現金は11・9%増の2億7918万円で、12年連続で2億円超えだ。約7割が落とし主に返還された。落とした方も拾った方も、なにがしかのドラマを描いただろうか。作家には及ぶべくもないが、想像してみる。