草木が茂ったやぶの中で、侍の死体が見つかった。殺したのは自分だと白状する盗人や、侍が連れていた妻、さらには死んだ侍も巫女(みこ)の口を借りて事の経緯を語る。だが、その言葉は少しずつ食い違う
▼芥川龍之介の短編「藪の中」である。物語の中で本当のところは明かされない。この小説を語源に、関係者の言葉が食い違うなどして真相が分からないことを「やぶの中」と言うようになった
▼関係者の証言が少しずつずれていて、実相が明らかにならない。このままでは詳細はやぶの中に埋もれてしまいそうなのが、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件である。党による関係議員の処分がきのう決まった。本県関係では安倍派の細田健一、高鳥修一の両氏が処分対象になった
▼事実の詳細が分からない中で処分を決めたことには首をひねらざるを得ない。安倍派が資金還流を復活させた経緯や資金の使途の多くは、ほとんど明らかになっていないままだ。処分を受けた後に選挙で当選すれば、みそぎを済ませたとして復権する道も開けよう-。そんな思惑が透けて見える
▼岸田文雄首相が率いた派閥の会計責任者が立件されたにもかかわらず、首相の処分が見送られたことも疑問視される。立憲民主党をはじめ、野党からは批判の声が吹き出す
▼とはいえ、その立民の梅谷守氏が選挙区で有権者に日本酒を渡した問題も詳細は説明されていない。政界の問題がやぶの中に隠されるばかりなら、有権者の政治不信がまた一つ積み上がる。