これも高齢化社会の一こまだろうか。大人がピアノを弾いて、子どもや孫が観客となるコンサートがあちこちで開かれているようだ
▼先ごろ、十日町市でも「大人だけの発表会」が初めて開催された。「ミスも愛嬌(あいきょう)。演奏中に行き詰まったら最初から弾き直してもOK」。主催したピアノ教室の先生は気軽に参加するよう呼びかけた
▼演奏者は50代から「後期高齢者」までの男女9人。ピアノ歴2年の初心者もいれば30年超のベテランもいた。曲目はベートーベンやショパンから松田聖子さんの「スイート・メモリーズ」、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌までバラエティーに富んだ
▼100人収容のホールに置かれたグランドピアノの脇には豪華な生花が飾られた。腕前は人それぞれだったけれど、ステージを下りる時は、みんなほっとした表情を浮かべていた
▼「心臓がドキドキして生きていることを実感した」「次はもっといい演奏をしたい」。参加者は口々に語った。主催者は「生涯にわたり、ピアノを友達にしてください」としめくくった
▼「野火」や「俘虜記」で知られる作家の大岡昇平さんがピアノを始めたのは50歳過ぎ。胃潰瘍で酒が飲めず、ゴルフもできなくなり「暇つぶし」のつもりだった。1日3~4時間練習すると、半年で入門用の教則本バイエルを弾けるようになった。作曲も勉強して交流があった詩人、中原中也の作品にメロディーを付けた。年を重ねても病を得ても、やれることはまだあるということだろう。