命は大切なもの。誰もが知っている。ここでいう命の中には、自分自身も含まれる。「命をないがしろにするべからず」「自分を粗末にしてはいけない」。一度は耳にしたことのある教えだろう

▼なのに、こんな言葉を口にせざるを得ないとは。「自分が粗末に思えて切ない」。手足のしびれに長年悩まされ新潟水俣病と診断された、新潟市の男性のつぶやきである。手に力が入らず、湯飲みを落としてやけどするなど、ままならない体を抱えて生きてきた

▼医師には体の不調は水俣病のためと言われたが、国に患者認定を拒まれた。公害であるなら当然講じられるべき救済策の対象には含まれず、いわば闇の中に放置されてきた。人としての尊厳を踏みにじられた男性の言葉には、やるせなさが漂う

▼男性らが水俣病と認めるよう求めた訴訟の判決が、きのう言い渡された。新潟地裁は男性らを水俣病と認め、原因企業に賠償を命じる一方、九州に続く「第2の水俣病」の発生を防げなかった国の責任は問わなかった

▼ただ、男性らが水俣病と認められたのは、国による救済が不十分だったことも意味する。国は抜本的な解決策を講じることなく、その場しのぎの対応を続けてきた。その度に救済から漏れ、司法に解決を求めざるを得ない人が多数生み出された。人を粗末に扱っていると言いたくなる

▼国の姿勢を疑問視する司法判断は相次いでいる。今度こそ小手先でない措置が必要だ。これ以上、人を粗末にする社会であってはならない。

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