緊急手術で生まれた翌日、保育器に入る田辺愛結さん=2007年6月26日、富山市(田辺郁美恵さん提供)

 2007年6月25日、新潟市から富山市の病院に搬送された妊娠26週の女性が、491グラムの女の子を産んだ。県内に受け入れる病院が見つからず、救急車で3時間半かけて縁もゆかりもない富山で出産した。記者は当時、命がけで出産したお母さんを取材した。あれから18年-。「愛結(あゆみ)」と名付けられた女の子はこの春、高校3年生になった。娘が成長した今、お母さんは18年前をどう振り返るだろうか。思いを確かめたくて、親子が暮らす長岡市に会いに行った。低出生体重児とその親を支える人たち、周産期医療の現状も紹介する。(報道部・種岡郁江)

◇「愛を結び育てる人に…」高校3年生になった娘・愛結さん

母・郁美恵さん「不安だらけだった」子育て

 3月下旬、長岡市の喫茶店で17年半ぶりに田辺郁美恵(ふみえ)さん(49)と再会した。傍らには長女の愛結さん(17)が、少し恥ずかしそうに座っていた。2007年10月、富山市の病院で田辺さんを取材したときは新生児集中治療室(NICU)にいたので会えなかった。「初めまして」とあいさつを交わした。

 愛結さんは、クリームソーダとデザートをぺろりと平らげた。「もう少し太りたい」と、はにかむ。体重は35・1キロ、身長は150・8センチだと教えてくれた。田辺さんは「富山に搬送されたとき、家族は医師から母子ともに助かるかは分からないと告げられた」と振り返る。「まさかの搬送だった。富山の病院の皆さんには本当に感謝している」

4月中旬、満開の桜並木を散歩する田辺郁美恵さん(左)と長女の愛結さん。大好きなキャラクター「ちいかわ」の話題で盛り上がった=長岡市

 田辺さん親子を知ったのは07年秋だった。

 「新潟から救急車で富山に運ばれて、500グラム未満で生まれた赤ちゃんがいたらしいんすよ」。当時は新潟市政取材を担当しており、雑談の中で消防局担当の後輩が言った。早産であっても、身近な病院で出産するのが当たり前と思っていたので非常に驚いた。

 県内の周産期医療の体制に課題があるのではないかと考え、病院関係者や県、田辺さん夫婦に取材して記事にまとめた。医師不足や妊婦の高齢化などで、当時の県内はNICUのベッドが常に満床状態だった。

 田辺さんは出産予定日3カ月前の07年6月25日、急激に血圧が上昇。命に関わる状態となったが新潟県内に受け入れ病院が見つからず、午後9時半ごろ富山県立中央病院(富山市)に運ばれた。緊急手術で同10時53分に女児を出産した。

 夫と話し合い「愛結」と名付けた。みんなの愛に支えられて生まれ、その愛を結び育てる人になってほしい。そんな願いを込めた。

4月中旬、満開の桜並木を散歩する田辺郁美恵さん(右)と長女の愛結さん=長岡市

 田辺さんは入院中の愛結さんの発育状況と自身の心情を、ノートに細かく記録した。

 初めて愛結さんと対面したのは出産2日後の6月27日。当日のノートには、保育器にいる小さなわが子を見て「思わず泣いてしまった」とある。29日は「初めて足に触れた。ママ緊張〜」。

 最初は「小さく産んでごめんね」と、自分を責める言葉が多かったが、愛結さんの体重が増えるにつれ前向きになっていった。

 7月30日、先に田辺さんが退院。それから愛結さんが退院するまでの約3カ月間、長岡市の自宅から富山市の病院まで夫と毎週往復した。

 愛結さんは低出生体重児にみられる先天性の心疾患があり、体重が900グラム程度になった8月27日、心臓の手術をした。2時間半の手術は無事成功。ノートには「自発呼吸あり。口をもごもごさせている」とほっとした様子がつづられた。

田辺郁美恵さんの県外搬送などを報じた、2007年10月29日付本紙記事

 愛結さんは生まれてから約4カ月、NICUなどで育った。体重は約2000グラムになった。10月30日に長岡赤十字病院(長岡市)に転院し、11月12日に退院した。生後140日目にして親子3人の暮らしが始まった。「家での子育ては不安だらけだった。でも、やるしかないと気合を入れた」

 ミルクは一度にたくさん飲めないので細かく分けて少しずつあげた。生後半年の赤ちゃんが飲む、1日の目安量の半分程度だった。

 感染症が怖く、初めは外出を控えがちだったが、1歳を過ぎたころから長岡花火や日帰り旅行に出掛けた。11年には妹の愛佳(まなか)さんが誕生。愛結さんは赤ちゃんの妹を大喜びで迎えた。

 愛結さんは幼稚園、小中学校と同級生より一回り小さく、風邪をひきやすかった。それでも「大きな病気をすることなく過ごせた。振り返ればあっという間」と田辺さんはほほ笑む。

 高3になった愛結さんは、将来について「まだ分からない」という。田辺さんは、慌てずにゆっくり考えればいいと見守る。

 今、愛結さんが夢中なのはキャラクターの「ちいかわ」だ。田辺さんが「部屋はグッズだらけだね」とからかう。愛結さんはうなずいて、くすくす笑った。

◇医師にとっても「衝撃」だった救急搬送

 「新潟市...

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