原発のリスクを地方に負わせてきたこれまでの構図と同じになりはしないか懸念する。国民的議論もないまま、離島に押し付けることがあってはならない。

 「核のごみ」と呼ばれる原発の高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定を巡り、経済産業省は、第1段階の文献調査を東京都小笠原村の南鳥島で実施することを村に申し入れ、村内での2度の説明会を21日までに終えた。

 南鳥島は太平洋上に浮かぶ離島で、全域が国有地で民間人は住んでいない。太平洋プレート上にある国内唯一の陸地であり、地質学的には安定している。

 経産省は、地上施設を設置できる未利用地があることも評価した。文献調査に応じると村に最大20億円の交付金が出る。

 南鳥島に申し入れた背景には、電力消費地に向けられる厳しい視線がある。

 だが、大消費地の東京都に属するとはいえ、都心から遠く離れた村に消費地としての責任を押し付けるのは無理があるだろう。

 小笠原村の村民の間では、有人の島から離れているとして受け入れに賛成する意見がある一方、観光などへの影響を恐れる村民もいる。風評や自然環境への影響を心配するのは当然である。

 東京電力福島第1原発事故に伴う処理水の放出では周辺国から反発もあった。離島であればよいという問題ではない。

 小池百合子都知事は「地元の判断を注視する」との立場だ。村長一人に難しい判断を強いるのが正しいか疑問である。

 数万年以上も人の生活環境から隔離しなければならないのが「核のごみ」だ。

 その最終処分場の選定調査は、広がりを欠いてきた。

 核のごみを地下300メートルより深い岩盤に埋める「地層処分」の手続きを定めた処分法の施行から26年たつが、これまでに調査が実施されたのは3例しかない。

 しかも、いずれも原発立地自治体や周辺自治体だった。

 最終処分がまったく見通せていないのが現実である。にもかかわらず政府は、原発の最大限の活用を掲げ、行き場のない使用済み核燃料を増やしている。

 東電柏崎刈羽原発にも使用済み燃料がたまっている。

 中間貯蔵施設に搬出しているものの、次の段階となる再処理を担う青森県六ケ所村の工場は、1993年に着工し、いまだに完成していない。

 完成の延期が27回も繰り返されてきたことは、再処理して再利用する核燃料サイクルの非現実性を意味するのではないか。

 安全に処分できないまま原発利用を推し進めていいのか。後世に大きなツケを回すことにならないか。そうした国民的議論を急ぐべきである。