齋藤勇太さん

 学校や職場になじめずに孤立したり、うつなど心の病になって苦しんだり、発達障害の特性からいじめに遭って人間不信に陥ったり…。さまざまな理由でひきこもりになった当事者や元当事者たちに居場所や活動機会を提供しているNPO法人プエルタ・ハル(新潟市江南区)が、この夏で設立から5年となる。「つらい立場のあなたこそが、存在してくれていること自体、誰かの救いになれる」と訴え続けている設立者で理事長の齋藤勇太さん(41)に、ひきこもり支援の在り方などを尋ねた。

(論説編集委員・原 崇)

<ひきこもり>さまざまな要因の結果、社会的参加を回避し、原則半年以上家庭などにとどまり続けている状態を指す。国や新潟県の推計によると、ひきこもり状態の人は国内に約146万人、県内に約2万4000人。従来の行政支援では就労などの「自立」が強調され、画一的な対応で当事者が追い詰められるケースが少なくなかった。2025年、国は行政窓口などで活用する新指針のひきこもり支援ハンドブックを公表。就労などは過程に過ぎず、当事者や家族との対話を通じ、自らの意思で生き方を決められるようにする「自律」を目指すべきだとし、支援対象のひきこもり期間は問わないとしている。 

つらい立場の人こそ 誰かの救いになれる

スタンスは「気が向いたら来てね」

 -ひきこもり当事者や家族らの支援活動を長年続けていますが、きっかけは。

 「私は小中高大と野球部に属していた。だが大学では、高校までエースで4番だったような部員ばかりで、私はずっと3軍の負け組。でも150人もの部員と寮生活する中、なぜかお世話係的な副主将に指名された。野球の実力はないが、多様な個性の人たちと平たく接している点を買われたらしい。教員を目指したが、県内外で採用試験に落ち続けた。また負け組。社会から不要だと言われたように感じ、めげかかった」

 「縁あって新潟県や長野県の民間のフリースクールに関わった。ここでは不登校やひきこもり経験者、発達障害の特性がある子、精神疾患を持つ子、ヤンキーだった若者らと共に寮で過ごした。支えているうちに『むしろ私の方が支えられている』と救いを感じた。なぜなら全員ではないかもだけど、少なくとも何人かは私を必要としてくれたからだ。生きる意味を感じた。『ああ、将来こんな仕事をしたいな』と思った」

ひきこもり経験者たちが集う「ハルの家」=新潟市江南区

 -青年海外協力隊の一員として南米・エクアドルの貧困地域の若者らと野球を通じて接する仕事などを経て、故郷に戻り、新潟市ひきこもり相談支援センターで働くようになりました。

 「ひきこもりの経験がない人から『なぜひきこもり状態に至るのか』と問われることがある。国のアンケートでは15〜39歳は『退職』『人間関係がうまくいかなかった』など、40〜69歳は『退職』『病気』などが多い。だが実際はこういった項目で単純にくくれるものではない。当事者の生い立ちや環境は一人一人異なり、支援策に『これだ』という正解は一つではない気がする。官民を問わず福祉関係者の中で時々、『このやり方で必ず助けてあげる』といった全能感を持った押しつけがましい方を目にしたが、違和感を持った」

 -5年前に立ち上げたハルで心がけてきたことは。

 「ハルでは、ひきこもり当事者と元当事者らが一緒になって、良質な体験をしていこうと考えている。良質な体験とは『人に必要とされる機会』の積み重ねではないか、と思う。焼きイモづくりや販売、独居高齢者の庭の手入れ、近所の清掃などを、一人一人が無理せずに、やりたい範囲で、チャレンジしている」

焼きイモづくりに挑むひきこもり経験者たち=新潟市江南区の「ハルの家」

 「特に心がけてきたことは『ゆるーく』。家でもう少し過ごしたいけど、何もしないままなのも不安という人に、安心できる居場所だから気が向いたら来てね-というスタンス。ハルはあくまでも選択肢の一つ。なんかここは合わないなと感じたら無理せず、来なくなっても全然大丈夫だよ、と。まず、誰かと話す時間をわずかでも持とうと訪ねてくれたらうれしい。それだけでハルにいる当事者や元当事者たちもまた、『私だけじゃなかったんだ』『必要とされた』と感激する。誰しもがきっと誰かの励みになる、と信じている」

 -名称の「プエルタ・ハル」には、どんな思いを込めているのですか。

 「『プエルタ』は、...

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