私が住むイギリス南東部は、ロンドンで働く人たちのベッドタウンである。私はここの脳神経リハビリテーションの病院でアートセラピストとして働いて11年になる。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、イギリスの人々の暮らしは以前とはかなり違ってきた。通勤列車に乗っているのは一つの車両に数人。家々の窓には収束を願うレインボーの絵が張られている。

 私が勤務する病院は理学療法士、作業療法士、ケアラーなど200人ほどが働いている。ほとんどがルーマニアやブルガリアなど東ヨーロッパの人だ。

 自宅では、NHS(ナショナルヘルスサービス)の総合病院で働くインド人看護師の女性2人と住んでいた。今はやりの「シェアハウス」である。

 2人とも夫は中東で働いていて、子どもは祖国で親が育てている。大きな声で母国の言葉を早口で話し、エネルギッシュだ。

 ある晩、NHSで働く人に感謝の意を示すため、住民がドアの外やバルコニーに出て夜8時に一斉に拍手をした。私の家のナースは「サンキュー」とそれに応えていた。

 人の暮らしは変わっても、いつものように桜が咲き、散り、この春生まれた子羊の鳴き声が響いている。ブルーベルの花は落葉樹の森の地面を青いカーペットを敷き詰めたように咲いて美しい。
 

一面に咲くイギリスのブルーベル。
フットパス(散歩道)の入り口に、「新型ウイルスに注意するように」とのはり紙があり、散歩するのも気が引けた春だった

 

 第一線で働く医療従事者の死は100人と報告された。インド人ナースたちも、新型ウイルスの患者さんを看護するトレーニングを受け始めた。「もし自分たちに何かあったら仕送りして支えている家族もだめになる。けれどやらざるを得ない」と口をそろえる。

 5月、彼女たちは新型ウイルスの患者を看護するため、自己隔離できる家に引っ越していった。

 2人はお別れに私に花束をプレゼントしてくれた。感謝と新型ウイルス感染症の終息の願いが込められた花束だった。


間 美栄子さん(新潟市中央区出身)
 (間さんは1962年生まれ。新潟高校、新潟大学卒業。20代後半はドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」製作委員会に所属。98年に娘と渡英。イギリス南東部ケント州に住んでいます)