1995年にロンドンに来て以来、25年がたちました。1年の留学のつもりだったのが、第2の故郷になるとは想像もしませんでした。
90年代半ばのロンドンでは「日本食は生魚ばかりだから食べられない」とか、日傘を差していたら「晴れているのに傘なんか差すと本当に雨が降る」などと言われました。
しかし、状況は大きく変わりました。「Japanは“cool”」との声が大きくなり、若者は日本食が大好き。アニメやマンガ、Jポップなどで日本文化に触れ、日本語を習い始めた人もたくさんいます。
そんな中、私はあるとき着物の素晴らしさに目覚め、機会があれば着物を着て出掛けています。
日本にいたころは母が買ってくれた高価な着物や帯に全く興味がなく、成人式とお茶会で着た程度。そしてそれらのほとんどは1995年に起きた関川の洪水被害で、実家とともに流されてしまいました。
残ったのは、当時東京にいた私が持っていた着物と帯の2組だけ。それを着ようと思い立ったのは、長くロンドンに住むうちに自分のアイデンティティーに気付いたからです。パンよりご飯と納豆がおいしい。カタカナ言葉より日本語が美しい。「ああ、私はやっぱり日本人なんだ」としみじみ思うのです。
着物はドレスよりずっと似合うことに気付きました。着物を着ると姿勢が正され、気持ちも引き締まります。人種の混在するロンドンで、なんだか日本を代表しているような責任感と誇りの気持ちまで湧いてくるのです。
着物を着ていると必ずと言っていいほど「写真を撮らせて」と言われます。街中やパーティーでちょっとしたスター気分になります(自意識過剰かな?)。

伝統にとらわれない前衛的な着こなしができるのも、ロンドンにいてこそ。今や20着ほどに増えた着物と帯は、英語圏で生活する私に日本の心を思い出させてくれる大切な友なのです。
最近は新型コロナウイルスのせいで着物で出掛ける機会がないのが残念です。今は世界中が心を合わせてこの未曽有の危機を乗り越え、1日も早く元の平和な日々に戻れるよう願ってやみません。
和子 ギブソンさん(妙高市出身)
(和子ギブソンさんは1953年生まれ。旧妙高高原町出身の日本語教師です)