パリに移住して1年半がたった頃、突然アパートの大家から「家を売却したいので新居を探して退去してほしい」と連絡が来た。駐在期間はこの家に住めるだろうと勝手に思っていたため、パリでの引っ越しはまさに青天の霹靂(へきれき)だった。ようやく周囲の環境に慣れてきたところなのにと、しばらく落ち込んだ。というのも、パリ市内は需要に対して物件の供給が著しく少ないのだ。

 歴史ある街の景観を大切にするため、地区によっては高さのある建築物は建てることができないし、外観の色もそろえるなどの規定があり洗濯物も外に干すことはできない。人口が増加したからといって今ある物件を建て替えることは容易ではないのだ。

 そして、フランスでは建物の価値は歴史あるものの方が高く、古い物件を大事にする。築年数がたてばそれだけ価値は上がり、100年を超える物件でもリフォームをしながら長く住むという考えなので、人気の地区は趣のある古いたたずまいのアパルトマンばかりだ。

 そんな理由から、パリではフランス人ですら条件に合う引っ越し先を見つけるのに最低3カ月はかかるといわれている。

 実際、人気の物件は内覧の希望を入れても大家にドタキャンされたり、書類審査で通らなかったりしたこともあり、新居契約まで半年近くもかかってしまった。

 新居はまさに古き良きパリといった歴史のある建物で、一見するとかわいらしく、すてきなアパルトマンだ。けれどエレベーターは小さくて大人は2人しか乗ることができない。木材の床は歩くたびにギシギシと音が鳴り、ドアはきちんと閉まらない。そして個別のポストが無くなった。どの家も玄関マットの下に郵便物が挟み込まれている。要するにじか置きだ。聞いたところ、ごく普通のことだと言われた。

 花の都パリでの生活は決して暮らしやすいとはいえないのが現実だ。それでもここが魅力的なのだと感じたのは、面倒くさがりの妻がこの暮らしをとても気に入っていることだ。こちらに来てからなんだか毎日楽しそうだ。

最近引っ越したアパート近くの商店街。 パリらしいお店がたくさん並ぶ


渡辺 喜貴さん(長岡市出身)
 (渡辺さんは1988年生まれ。機械メーカーに勤務し、パリ駐在2年目です)