英国で使われる英語には、日本の学校で通常習うアメリカ英語と、同じ単語のつづりや発音が違うものが多くあります。また、英国と米国では、同じものを指す単語が違ったり、逆に同じ単語が指すものが違ったりする場合もあり、戸惑うことがあります。例えば、こちらのお店でビールのおつまみに「チップス」と頼むと、出てくるのはホクホクのポテトフライです。袋入りのパリッとした方は「クリスプス」。ビール好きの私がこちらで最初に覚えた単語の一つです。

 一方でこれは個人的な話ですが、「分かっていても使えない単語」もあるのです。

 例えば皆さんは「ラブリー」という単語から、何を連想するでしょうか。ハートマークやピンク色のリボンなど、「かわいらしい」イメージが強いのではないかと思います。

 ところが英国で「ラブリー」は、「かわいらしい」だけではなく「良い」という意味で、年齢、性別を問わずあらゆる人が使います。例えば中年の男性が「今日はラブリーなお天気ですね」と言っても、まったく不自然ではありません。1日に10回くらいは耳にしているのではないでしょうか。

 使える場面もお天気に限りません。ほめ言葉、あいさつ、お礼、果てはサッカーで素晴らしいゴールが決まった時まで。大げさでなく、とにかく良いもの、良いことは何でもラブリーなのです。意味は違いますが、多くの場面で使えるという点では、日本語の「どうも」に近いかもしれません。

 こんなふうにとても便利な「ラブリー」ですが、私自身はこちらに来てからの2年間、実は一度も会話で使ったことがありません。日本語のかわいらしいイメージが強すぎて、何となく敬遠しているうちに、「分かっていても使えない単語」になってしまいました。

 「ここはラブリーって言ってもいい場面だな」と思いながら、まるで障害物を避けるように、似た意味の別の単語でその場をやり過ごすたびに、苦笑いが出てきそうになります。

ロンドン北西部にある小高い丘になった公園プリムローズヒル。「ラブリー」な天気の日は市内が一望できる


柴野 尚之さん(柏崎市出身)
 (柴野さんは1968年生まれ。日本のIT企業に勤務し、2017年からロンドンに駐在しています)