最初は猫からはじまった「彫刻イス」。今ではさまざまな動物のリクエストが来る=阿賀野市保田の古川彫刻

 猫や犬、リスなど、動物の頭が椅子の下からひょっこり飛び出している、「彫刻イス」というユニークな作品がある。制作者は新潟県阿賀野市の彫刻家、古川敏郎さん(59)だ。かわいらしくて、どこかコミカルでと、そのなんとも言えない椅子の魅力に心引かれ、古川さんの作品制作への思いに触れようと、アトリエを訪ねた。

 阿賀野市保田の里山を車で走っていると、「古川彫刻」とブルーの看板を掲げる建物がぽつんと1軒あった。古川さんのアトリエだ。なぜこんな場所に?という疑問は、制作風景を見せてもらってすぐに消えた。「こんな音が隣の家から聞こえたら嫌でしょう」と古川さんが笑いながら言うように、想像していた以上に、堅い木を彫る音は響く。

 古川さんは国内の美術団体、国画会の会員だ。定期的に個展や彫刻教室、ワークショップを開くなど、彫刻家として幅広く活動しているが、その一方で、彫刻美術分野の置かれた現状については「彫刻は美術ではマイナーなもの。絵は家に飾るが彫刻は場所がない」と、客観的に受け止めてもいる。

 確かに彫刻作品を日常で見る機会は少ない。時折、公園や公共施設の中に大きな作品を見かけたり、会社によっては創業者の胸像が飾ってあったりするくらいだろう。

 そんなマイナーな彫刻美術や、自分自身の作品制作を、少しでも身近に感じてほしいと、古川さんは発信を心がけている。ウェブサイトやSNSで日々の活動や思いをこまめに紹介しているのもそのためだ。

 「経済活動が盛んな時は気持ちやお金にゆとりがあり、美術もみんなで楽しめた。作家自身が布教活動のようなことをしなくても先生でいられた。でも、今はそういう時代じゃない」と古川さん。「何をしているのか、人に伝える努力をしないと。ただ作るだけでは、『あいつは何かやってる、変なやつだ』で終わってしまう。それではダメだ」

 高校の美術教員だったが、「とにかく彫刻を一生懸命やるぞ」と決め、49歳の時に退職してアトリエを構え、今に至る。「彫刻が廃れている新潟県」に何かちょっと風を巻き起こすには、何かを捨ててもやるだけの価値があるということを、真剣に伝えなければならないと思ったという。

 多くの人に日常的に彫刻に親しんでもらえるように、「草の根活動」と名付けて、生活の中に溶け込む作品の制作にも力を入れている。その一つが「彫刻イス」だという。

 古川さんのアトリエの森に、さらに分け入ってみた。...

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