“花の都パリ”というけれど、実際生活をしていくとなると忍耐勝負の部分がほとんどである。
問い合わせ電話がつながらないのは当たり前、役所書類が一回で通れば超ラッキー、スーパーで長蛇の列、その先でレジの店員さんはお客さんと世間話、しかし意外にも皆文句も言わず待つ、出直す、やり過ごす…“人生なんてこんなもの”とちょっと肩をすくめて次の策を練る…まずは目の前の状況を受け入れ次に進む。
サービス、情報提供の面で圧倒的にたけている日本と比べ、こちらの生活では能動的であることが不可欠だ。能動的に情報を取りに行かなければ大切な機会を失ってしまう。アナウンスのない地下鉄やバスなどはその最たるもの。
美術館や博物館を訪れると小学校低学年グループをよく見かける。授業の一環として来館した子供たちは床に座り、学芸員の説明に耳を傾け、質問や自分の感想を述べる。
子供たちはさまざまな文化、芸術、学問についての説明を受け、自身のフィルターにかけ、それらをアウトプットする作業を繰り返し行っている。その作業で子供たちは自然に、考える力と発言する力を養い、能動的に物事を捉えていくすべを学ぶ。大人は物事の本質を捉えられるよう示唆し、子供たちは幼いころから哲学的思考法を習得できる環境にあるのだ。
日本在住の狂言師である夫と、若くしてこの世を去られた彼の師の思いを受け、私自身は2014年からパリを拠点として能楽の普及に努めている。日本では“敷居の高い古典”と見られがちなので心配したが、あるマダムが「私たちは目の前の表現に自分なりの説明を付ける教育を受けているので何ら問題はない」と言うように、随分と楽しんでいただいている。

役者が演じるプロならば、観客は見るプロ“見巧者”。フランスの文化芸術は、幼いころからの教育を通して育てられた“見巧者”たちによって支えられているのだと、ありがたく痛感する日々である。
小笠原 尚子さん(新潟・フランス協会パリ支部会員)
(小笠原さんは父の出身地である旧羽茂町に小学生の時に移住。2014年からパリに住み、現在「アトリエ オガ パリ」代表を務めています)