
人手不足が深刻化し、各地で人の獲得競争が過熱している。新潟県内の企業も賃上げや待遇改善でアピールするほか、海外展開やイノベーション(技術革新)を見据え、優秀な技術者の引き込みや副業人材の活用、企業の合併・買収(M&A)を加速させる。企業の財産となる人を集め、成長のエンジンに-。「人財」を巡る新潟県経済のルネサンス(再興)の胎動を追う。(8回続きの1)
国内外からの取引先関係者が、新潟県小千谷市の信濃川沿いに立地する工場をひっきりなしに訪れている。半導体スマートフォンやパソコン、自動車といった幅広い製品に使われる電子部品。多くの産業に不可欠であることから「産業のコメ」と呼ばれる。演算や画像処理を担う「ロジック」、データを記憶する「メモリー」などの種類がある。1980年代後半に日本は世界シェアの半分程度を占めたが、近年は1割程度に落ち込み、台湾や韓国などに後れを取る。受託生産のJSファンダリ半導体の受託製造メーカーとして2022年12月、米半導体大手オン・セミコンダクターの小千谷の工場を買収して設立。本社は東京・港区。日本政策投資銀行や伊藤忠商事が出資する投資ファンド「マーキュリアホールディングス」などが支援している。同工場は、1980年代に設けられた旧三洋電機系の製造拠点が前身。2011年に取得したオン・セミ社は再編の一環で20年から工場の売却先を募っていた。(東京)の新潟工場。酒井明彦社長は、週の半分を新潟工場で、半分を東京の本社で顧客対応に当たる。海外出張も含め、次の一手を打つため市場開拓に奔走する。
JSファンダリは2022年12月に設立し、電力制御に使われるパワー半導体電力のオンオフや電圧、周波数の調節、交流と直流の変換などに必要な半導体。電力を電子機器に応じた最適な状態にして無駄を減らす。自動車や家電、産業用機器、太陽光や風力発電に使う。薄い円盤状の材料「ウエハー」に回路を作り四角く切り出して大量生産する。半導体には他にコンピューターの演算に使う「ロジック」、データを記憶する「メモリー」などがある。の受託生産を始めた。半導体の製造に特化した受託生産会社は、海外では世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)顧客の設計データに基づいて生産を請け負う台湾の半導体メーカー。高い利益率を武器に研究開発と設備増強に巨額の投資を続け、高性能化に欠かせない微細化の技術に強みを持つ。米アップルや米半導体大手エヌビディアなどから受注し、受託生産の世界シェアは5割を超えるとされる。1987年設立で、台湾北西部の新竹に本社を置く。などがあるが、国内では初の業態だ。
即戦力となる人材の中途採用を行い、営業部門を刷新した。今後も営業や調達、経理など経験者を積極的に採用する方針だ。酒井社長は「小千谷から世界中を見渡す力が必要だ。地方にいるが、狙っている戦略は先端。半導体をやっている人なら興味を持つはずだ」と力を込める。

半導体を製造するJSファンダリの新潟工場。クリーンルームで24時間稼働する=小千谷市
かつては世界を席巻した日本の半導体産業。国は経済安全保障の観点から、半導体のサプライチェーン(供給網)強化を打ち出し、半導体工場の国内回帰が進む。産業の復活には、設計や開発といった専門人材の育成や、生産量の増大に対応する製造現場の人員確保が欠かせない。盛り上がりには、外からの人材引き込みが鍵を握る。
◆人材獲得の鍵は企業集積、成長産業どう育てるか…
JSファンダリは、旧三洋電機系の製造拠点で、米半導体大手のオン・セミコンダクターが所有しパワー半導体製造を担っていた小千谷工場を2022年末に買収。製造設備や従業員を引き継いだ。
初代社長で長岡市出身の岡田憲明氏に代わり、セイコーエプソン(長野県)で半導体事業などに携わった酒井氏が2024年1月、2代目社長に就任した。オン・セミの指示に基づいて製品を製造してきた工場から、利益を上げる独立した企業への転換を図っている。酒井社長は「自ら主体となって営業し、製造する。新たな段階に入った」と気を引き締める。
現状より付加価値の高い規格の製造に切り替えるため、7月に新たな装置の搬入が始まる。営業や調達など経験者の採用は急務だ。「半導体産業の面白さを伝え、新しい人材をどんどんと入れていきたい」と酒井社長は意気込む。

JSファンダリの新潟工場=小千谷市
別の半導体企業も参入してきた。半導体メーカーのサンケン電気(埼玉県)は車載向けパワー半導体の生産子会社、新潟サンケン(小千谷市)を立ち上げた。
JSファンダリの新潟工場内を賃借して製造ラインを構える。2024年度中の量産開始を目指し、急ピッチで設備の搬入などを進めている。製造作業職は100人規模で雇用する計画で、本格的な採用活動に入る。
少子化で、半導体業界のみならず、製造業全般で人手不足が深刻化している。大規模な雇用確保は難航する向きもあるが、新潟サンケンの八木健二社長は「電動車向けのパワー半導体の先行きが明るく、業界に魅力を感じる人は多い」と手応えを語る。
2023年12月から新潟県内のJRの一部列車内に採用広告を出し社名をアピールする。6月1日には25年春卒の就活生の採用選考が解禁され、25年春入社の新卒者の選考を本格化している。

JSファンダリの新潟工場前に掲げられた新潟サンケンの看板=小千谷市
国内では半導体工場の新設や稼働計画が相次ぐ。TSMCの熊本県進出で関連企業が集積する九州や、次世代半導体の国産化を目指すラピダスが工場を建てる北海道など全国各地で求人が拡大し、人材獲得競争は激しさを増している。こうした地域では、人件費の高騰も懸念されている。
電子情報技術産業協会(JEITA)によると、サンケン電気など国内大手半導体メーカー9社は10年間で少なくとも4万3千人の半導体人材が新たに必要になるとしている。
企業集積が進む九州や中国、東北などでは産官学を挙げて産業創出を促している。東北では2022年から半導体関連企業や行政、大学などによる共同事業体を設立し、人材育成に取り組んできた。SBIホールディングスインターネット証券大手のSBI証券を中核とする持ち株会社。傘下に銀行や保険会社などもあり、総合金融グループを形成する。社長は野村証券出身の北尾吉孝氏。「第4のメガバンク構想」を掲げ、これまでに大光銀行(長岡市)など地銀9行と資本業務提携を結んだ。2021年12月には、株式公開買い付け(TOB)で新生銀行を連結子会社化した。22年3月期の連結純利益は3668億円。と台湾の力晶積成電子製造(PSMC)台湾北西部の新竹に本社を置く半導体受託生産企業。他社の設計に基づき受注生産だけを担う。コンピューターの頭脳のロジック半導体、データの記憶に使うメモリー半導体の両方を手がけ、車載向け半導体も安価に大量生産する。2022年12月期連結決算は売上高が760億台湾ドル(約3500億円)、純利益は216億台湾ドル(約1千億円)。が宮城県大衡村に半導体工場を26年に新設するなど投資も拡大している。

JSファンダリの新潟工場で、半導体の回路パターンをウエハーに焼き付ける工程ライン。黄色の特殊な照明の下、紫外線のない空間で作業をする=小千谷市
新潟県は半導体関連企業の集積も限られ、次世代の人材育成の動きは目立たない。PSMC誘致にも動いたがかなわなかった。県産業立地課は「半導体産業は長く低迷していたため人材が少ない。雇用確保や企業集積は課題だ」とする。
雇用・労働政策に詳しい三菱総合研究所(東京)の宮下友海主席研究員は「各地で半導体関連の投資をにらみ、官民が連携する動きが相次いでいる。企業集積は人材の取り込みに有利に働く」と解説する。半導体人材の獲得競争が激化する中、地域の盛り上がりにつながる成長産業をどう育てるのか-。宮下研究員は「リスキリング(学び直し)を推進し、成熟産業から労働力を移す施策も考えられる。官民や教育機関が連携し、地域を挙げての構えが必要だ」と指摘した。
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