水田を前に、住民の信頼を集めていた野中昌法さんと原田直樹さんの思い出を語る菅野正寿さん=福島県二本松市
水田を前に、住民の信頼を集めていた野中昌法さんと原田直樹さんの思い出を語る菅野正寿さん=福島県二本松市

 東京電力福島第1原発事故から11日で15年となる。原発から放出された放射性物質は、原発が立地する福島県の浜通り地方にとどまらず、広範囲に飛散した。目に見えない放射性物質は、住民に避難を強いた。長きにわたり暮らしを支えた農地を汚した。そのような状況に陥った被災地を、事故後から支えた新潟大学の教員と学生がいる。自発的に支援に動いた新大関係者の動きを基に、原発事故の被災地支援の在り方と教訓を考える。(3回続きの2)

<上>放射線量測定に休日返上、片道4~5時間かけ通い続け…ほとんどが自腹のボランティア

 東京電力福島第1原発事故後の2012年12月21日。原発から約50キロ離れた福島県二本松市東和地区の集会所、布沢会館には住民約20人が集まっていた。

 参加者の1人で、現在は約3ヘクタールの水田を所有する菅野正寿さん(67)は、当時新潟大農学部教授だった野中昌法さん(故人)が発した言葉を今でも覚えている。

 「自信を持ってコメを作りなさい」

 当時、...

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