第8弾 阿賀路

大河 春を探しに

<上> 県境編
アートの里山 交流息づく

おとなプラス 2022/04/08

 福島県境に近い阿賀野川沿い、阿賀町豊実の赤い船渡大橋(国道459号)を見下ろすようにウサギやカモがいる。犬やフクロウもいる。すべて石彫だ。

 地元の彫刻家、佐藤賢太郎さん(73)のギャラリー。床にはナマズもいる。「中学のとき、川で泳いで捕まえたんですよ。これが郷里の原点」という。

佐藤賢太郎さんのギャラリー玄関前に置かれた石彫。奥に見えるのが船渡大橋=阿賀町豊実
ギャラリー2階に展示されている石彫。建物は以前、小中学生が冬季に利用した寄宿舎

 作品は福島県内でも見られる。特に喜多方市に多い。喜多方高校を卒業した縁があるからだ。

 「朝は5時半に起きて6時前の列車に乗り、喜多方駅まで1時間、高校まで歩いて20分」と苦労した。だが、「おふくろの方が大変だった。朝食を作るために、もっと早く起きていた。だから一生懸命勉強した」。

 芝浦工業大に進学し、埼玉県の高校教員になった。結婚もしたが、34歳で突然、教員を辞めて彫刻家を目指すことにした。年齢が一つ下の妻、マキ子さんからは猛反対に遭ったが、夢を追い掛けた。

 2006年にはUターンし、夫婦で農家民宿も営む。その2年前に地元で始めた「里山アート展」も毎年開催。マキ子さんには頭が上がらないが、「故郷で男のロマンをかなえた」。

 今月3日、子どもの遊び場を備えた喜多方市の交流施設「アイデミきたかた」の落成式に招かれた。石彫「おたまじゃくし」を寄贈し、感謝された。「鍋の中のオタマジャクシがだんだんカエルになるんです」。子どもの成長を願って作った思いを吐露した。子どもたちは地域の宝だからと-。

オープンした「ひとづくり・交流拠点施設アイデミきたかた」で寄贈作品を関係者に説明する佐藤賢太郎さん(左)=2022年4月3日、福島県喜多方市

 舟運の歴史がある阿賀野川沿いに車を走らせると、今も県境をまたぐ交流があった。「未来のチカラin阿賀路」プロジェクトの一環で、雪解け水が流れる大河の春を2日間にわたり紹介する。1回目は県境編。

(論説編集委員・中村茂)

命表す石彫 喜多方で展示会

 阿賀町の彫刻家、佐藤賢太郎さんの石彫は何度も福島県境を越える。出身校の喜多方高校の校庭や喜多方市美術館の玄関前にも置かれている。同館で間もなく開催される企画展での展示も決まった。

喜多方市美術館玄関前の石彫を説明する学芸員の常松亜衣さん。「以前、佐藤さんの個展が開かれたときに寄贈されたものです」

 この企画展は同館収蔵作品と、佐藤さんら喜多方にゆかりのある作家3人を紹介する「コレクション+ 春のいろとかたち展」。学芸員の常松亜衣さん(31)は「命のわきたつ季節に取り上げたい作家ということで、佐藤さんにお願いした」と説明し、「来館者には命の輝きを感じてほしい」と願う。

 会期は2022年4月23日~6月5日。佐藤さんの石彫はカタツムリやフクロウ、女性像など10点ほどを展示予定で、講演会も5月21日に予定されている。

(右)喜多方高校の校庭に置かれた石彫
(左)旧鹿瀬町が2004年に完成させた新渡(にいわたり)大橋にある石彫。その下には「台風でおおみずになりました。船をこがれないので学校へ行かれませんでした」という学童の作文が刻まれている
廃校舎や空き家 表現の場に再生

 阿賀町に隣接する福島県西会津町にある「西会津国際芸術村」は、長岡造形大大学院で農村集落のデザインや風景を研究した矢部佳宏さん(43)が代表を務める団体が運営している。国内外のアーティストに作品の制作・展示の場所を提供し、さらに子どもたちが創作や表現を楽しむ機会も設けた。「アートやデザインの力による地域再生」を目指している。

廃校舎をアートの創作・展示の場に変えた西会津国際芸術村。運営する矢部佳宏さんは県境も国境も越えた交流を実践している

 この芸術村は阿賀川(阿賀野川の福島県側の名称)から数キロ上った山あいの集落にある。廃校になった中学校の木造校舎を活用して2004年にオープン。新潟からの来館者も少なくないという。矢部さんは「仕事の拠点を長岡市とこちらの両方に置いているスタッフもいます。それだけ新潟は近い」と話す。

 ここで活動するアーティストは日本人が多いが、新型コロナウイルス禍前はリトアニア、ポルトガル、米国、ドイツなどからも。長岡造形大の学生の作品も展示したことがあった。

 「ここには昔ながらの田舎の風景がある。古民家が多い。この木造校舎に立つと、タイムスリップしたような気分になれる」

 そう強調する矢部さんは芸術村から10キロほど離れた山の上の集落に住み、納屋や蔵を「集落で暮らすように泊まれる宿」へと改修した。新潟県内で空き家活用を目指す人々の視察も受け入れている。

舟運の活況 伝わる名所

 阿賀野川水系は江戸時代、新潟湊と会津を結ぶ舟運が盛んだった。下りはコメや材木など、上りは塩や綿などを運んだ。阿賀町には船乗りたちの喉を潤したと伝わる琴平こんぴら清水が今も枯れずに住民の生活を潤す。舟運を阻んだ急流の難所「銚子の口」は、今では西会津町の観光名所になっている。

 津川の街を抜けて琴平清水に立ち寄ると、近くに住む男性(80)が「船乗りの留守家族がこの水を神さまに供えて安全祈願した時代もあった」と教えてくれた。清水をためる石の水槽は「明治の頃、わざわざ会津から運んだ」らしい。木のふたは区長の児玉良雄さん(70)の手作り。女性(72)が「清水はペットボトルにくんで、お茶やご飯を炊くときに使う」と話していると、散歩中の男性(78)も会話の輪に加わった。住民が集うこの清水は、すぐそばの阿賀野川へと流れていく。

住民が今も利用する琴平清水。「遠くからくみに来る人もいる」という=阿賀町

 国道49号で福島県西会津町に入り、桜並木が有名な東北電力上野尻発電所方向に左折して川沿いを下ると、行き止まりに駐車場がある。すさまじい急流の音が響き、下をのぞくと川幅を狭めた渓谷。ダイナミックな流れに足がすくむ。銚子の口だ。

 かつて舟運では、いったん荷物を陸路で運ぶしかなかった。近くの野尻宿は街道の宿場町と舟運の川港町として栄えたという。

川幅が狭まり、急流となる「銚子の口」=西会津町
豊かな 自然魅力に

 阿賀路地域の自然の恵みと景観は観光資源としてPRされてきた。山から湧き出す豊かな水は農産物や山菜、清酒を生み出し、川をつくる。温泉や桜の名所も点在し、地域の魅力になっている。

角神温泉「ホテル角神」の露天風呂と阿賀野川(鹿瀬ダム)。「山水で作った米は魚沼産にも負けない」と島垣裕一支配人=阿賀町
阿賀野川から離れるが、その支流の安野川が流れる五頭温泉郷の一つ、村杉温泉薬師の湯の足湯=阿賀野市
阿賀野川沿いに旅館が並ぶ咲花温泉=五泉市