かつて田んぼだった一帯。東京電力福島第1原発事故後に立ち入り禁止となり、草が生い茂る=7月末、福島県大熊町
かつて田んぼだった一帯。東京電力福島第1原発事故後に立ち入り禁止となり、草が生い茂る=7月末、福島県大熊町

 コメ不足と米価高騰が問題となる中、多くの水田を失ったままの地域がある。太平洋沿岸の福島県浜通り地方は、2011年の東京電力福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。で住民が避難を余儀なくされ、田畑は荒れた。一部で稲作の再興は進むが、全住民が避難した9町村では、収量が事故前の2割以下にとどまる。政府はコメの増産方針を打ち出したが、作りたくても作れない、思うようにならない人たちがいる。出来秋を前に浜通り地方を歩き、コメと原発、二つの国策への思いを聞いた。(東京支社・小林千剛)

 常磐道の大熊インターチェンジを降りて車を走らせると、見渡す限りの「草原」が広がっていた。

 道路脇には「この先 帰還困難区域につき 通行止め」の看板...

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