~うつ病予備群の表情に特徴的な変化を発見、AIによる客観評価が可能に~
2025年9月8日
早稲田大学
表情でうつリスクを早期発見
~うつ病予備群の表情に特徴的な変化を発見、AIによる客観評価が可能に~
発表のポイント
●抑うつ傾向を持つ若年層は、顔の表情が「豊か」「自然」「親しみやすい」と感じられにくい傾向がある。
●OpenFace 2.0による表情筋(Action Units※1)解析で、目と口まわりの筋肉動作に特有のパターンを確認した。
●主観的評価とAIの数値分析を組み合わせることで、医療機関を受診していない人たちの抑うつ傾向を可視化することが可能になった。
●抑うつ状態の早期発見を可能にし、精神疾患の予防や介入をより効果的に行うことが期待される。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202509054665-O3-m3IvGEr0】
図1:OpenFace2.0ソフトウェアによって解析された10秒間の自己紹介動画に基づく 健常群およびサブスレッショルドうつ群(うつ病予備群)の顔面表情筋(アクションユニット) 出現頻度(AU_c)と強度(AU_r)のプロファイル
早稲田大学人間科学学術院の杉森 絵里子(すぎもり えりこ)准教授らの研究グループは、うつ病の前駆状態とされる「サブスレッショルドうつ※2(うつ病予備群)」における表情の変化について、64名の日本人大学生の自己紹介動画を用いて検証しました。63名の評価者が自己紹介動画を評価したところ、抑うつ傾向を持つ大学生の表情は、「豊かさ」「自然さ」「親しみやすさ」「好感度」が低く評価される傾向がありました(図2)。さらに、AI表情解析ツールOpenFace 2.0では、眉や口元に関連する表情筋(AU01, AU05, AU20, AU25, AU26, AU28)において、抑うつ傾向が高くなればなるほど、眉や口元に関連する表情筋の出現頻度・強度が高くなることが示されました。これにより、医療機関を受診して いない人たちのうつ傾向を、視覚的かつ客観的に検出する可能性があります。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202509054665-O4-zP3PW1Bc】
図2:大学生評価者による大学生自己紹介動画における顔の評価
本研究成果は、2025年8月22日に『Scientific Reports』に掲載されました。
キーワード:
うつ病予備群、顔表情、印象形成、OpenFace 2.0、AI表情解析、BDI-II、表情筋、大学生、早期発見、メンタルヘルス
(1)これまでの研究で分かっていたこと
従来の研究では、うつ病患者はポジティブな表情(例:笑顔)が減少し、表情全体の豊かさも乏しいことが報告されてきました。これらは、社会的拒絶を避けるための防御的行動とも考えられています。しかし、臨床診断に至らない「サブスレッショルドうつ」において、同様の変化が見られるかは明らかではありませんでした。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、臨床診断に至らない「サブスレッショルドうつ」の人々において、顔の表情にどのような特徴的な変化が生じるのかを明らかにすることを目的としました。
そのために、BDI-II※3 に基づいて健常群(BDI-II=1–10)とサブスレッショルドうつ群(BDI-II=11–20)に分類し、両群における自己紹介動画を対象に、他者からの印象評価およびAIツール(OpenFace 2.0)による表情筋分析を行いました。
その結果、サブスレッショルドうつ群では表情の「豊かさ」「自然さ」「親しみやすさ」「好感度」のスコアが有意に低い傾向にあり、さらにAU01(内側眉上げ)やAU05(上まぶた上げ)などの表情筋活動にも明確な差が認められました。BDI-IIスコアが高いほど、特定の筋活動が顕著になる傾向も確認されました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
精神疾患の早期発見や予防的介入に貢献するツールとして、学校・職場などでのメンタルヘルス支援に応用可能です。自撮り動画と簡易ツールの組合せにより、日常的・非侵襲的に心の状態を可視化する手段が得られる可能性があります。
(4)今後の課題、展望
評価者の印象形成にはサブスレッショルドうつの影響は見られず、主観的バイアスではなく、本人の表情変化が影響していると考えられます。ただし、本研究は日本人大学生に限ったものであり、他文化・他年齢層への一般化には今後の検討が必要です。また、自己申告ベースのBDI-IIのみで診断しており、臨床的評価の追加が今後の課題です。
(5)研究者のコメント
今回の「わずかな表情の変化が心の状態を映す鏡になる」という発見が、うつの早期発見と支援の糸口となることを願っています。
(6)用語解説
※1 Action Unit(AU):
表情筋の動きに対応した分類項目。OpenFace 2.0では18種類を自動検出
※2 サブスレッショルドうつ:
臨床診断基準を満たさないが、うつ症状が一部認められる状態
※3 BDI-II:
「今どれくらい気分が落ち込んでいるか」や「日常生活でどれくらいやる気が出ないか」など、うつ症状の程度をはかるアンケート形式のテスト
(7)論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Subthreshold depression is associated with altered facial expression and impression formation via subjective ratings and action unit analysis
執筆者名(所属機関名):Eriko Sugimori*, Mayu Yamaguchi(早稲田大学 人間科学学術院)
*責任著者
掲載日時:2025年8月22日(金)
DOI:10.1038/s41598-025-15874-0
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-15874-0
(8)研究助成
研究費名:Jacob and Malka Goldfarb Charitable Foundation(民間助成)
研究課題名:表情行動のAI分析による精神疾患リスクの早期発見
研究代表者名:杉森 絵里子(早稲田大学)