知事泉田裕彦が原子力防災に必要な対策を取りまとめ、衆院議員山本拓に宛てた3月14日付の文書。東京電力の福島第1原発事故対応を批判し、柏崎刈羽原発の分離を求めている
「第3部 変わらぬ構造」紹介

 世界史に残る原発事故が起きた日本で原発再稼働論議が本格化している。東京電力福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。から3年余り。事故で浮き彫りになった原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声がどう政策に反映されたのか。長期企画「再考原子力 新潟からの告発」第3部は、現在の再稼働論議を通し「変わらぬ構造」を問う。(文中敬称略、全10回)

<1>柏崎刈羽原発分離を知事が提言

「安全確保のために東京電力から柏崎刈羽原発を分離すること」。新潟県知事が自民党の資源・エネルギー戦略調査会会長に宛てた2014年3月14日付の文書に、目を引く文言があった。

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<2>東電社長との非公式会談後に歩み寄り

柏崎刈羽原発の再稼働を経営再建の最優先事項とする東京電力は2013年9月、原子力規制委員会への6、7号機の審査申請の見込みが立たないことに、焦りを募らせていた。

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<3>責任の所在は?安定ヨウ素剤問題を機に露呈

2014年4月、公舎にいた新潟県知事に県の危機管理監から電話が入った。東京電力柏崎刈羽原発の事故に備える安定ヨウ素剤の備蓄を怠っていた-。

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<4>法体系の整備を訴える知事

東京電力福島第1原発事故は、自然災害と原発事故が重なる複合災害となったため、政府内に対策に当たる「本部」や「会議」が乱立。自治体も含めて指揮系統が混乱した。

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<5>避難の実効性は?自治体は計画策定に苦慮

2014年6月、東京電力柏崎刈羽原発の事故に備え、新潟県柏崎市長は県内の自治体で初の広域避難計画案を発表した。市長は会見で、積み残した課題が多いことを率直に認めた。

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<6>避難計画の実効性、「試験」で見極め必要

「もっと政府全体でアドバイスをする体制が必要じゃないか」。2014年5月、自治体の避難計画策定について議論した原子力規制委員会の定例会合で、委員が切り出した。

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<7>「生活再建まで道筋を」

2014年6月、東京電力福島第1原発事故後の福島県の復興を考えるシンポジウムで、主催した日本保全学会会長が呼び掛けた。「福島はあまりにも不幸な状態だ。政府の対策には復興の視点が欠けている」。

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<8>「生活破壊こそが、原発事故の本質」

福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会がまとめた最終報告に、こんな一節がある。「未曽有の原子力災害を経験したわが国としてなすべきことは、被害がいかに深く広いものであるか、その詳細な事実を後世に伝えることであろう」

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<9>意思表示、周辺自治体は権利なし

「原子力事業者と結んでいる安全協定の法制化をお願いしたい」。2014年5月、原子力規制庁で滋賀県知事が迫った。滋賀県内に原発はない。だが、隣接する福井県の若狭湾周辺には13基の原発がある。

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<10>「同意」求められる「地元」、範囲に決まりなし

国は原子力規制委員会の新規制基準に適合した原発について、「地元同意」を得て再稼働を進める方針だ。だが、同意が必要な「地元」の範囲に関しては、依然として明確にしていない。

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〔とじる〕

[再考原子力]のラインナップ

第1部 狙われる地方 放射性廃棄物処分

政治、行政、電力業界がこれまで先送りしてきた大きな課題が核のごみの最終処分問題だ。原発と同様に、処分地も地方に担わせようとする動きがある。

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第2部 置き去りの日本海 地震津波研究

柏崎刈羽原発をはじめ、日本海側には国内のほぼ3分の2の商業用原子炉がある。しかし、太平洋側に比べ日本海側の地震研究は遅れていると指摘される。

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第3部 変わらぬ構造 再稼働論議

世界史に残る原発事故が起きた日本で、原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声は政策に反映されたのか。

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第4部 もう一つの道 脱 原発依存

政府は一定規模での原発維持を目指している。本当にその道しかないのか。原発に頼らない「もう一つの道」を模索する欧州各国を訪れた。

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歴史編・電力 首都へ[前編]源流

柏崎刈羽原発や福島第1、第2原発は、首都・東京への電力供給を長年担ってきた。始まりは、大正時代までさかのぼる。

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歴史編・電力 首都へ[中編]戦後再編

戦後、電気事業再編のうねりの中で新潟県が首都の電源地として固定化されていく経過を追う。

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歴史編・電力 首都へ[後編]巨大基地

首都圏のための巨大電源基地・柏崎刈羽原発が、都心から200キロ以上も離れた日本海側の地に設置された経緯と背景とは。

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資料編

核のごみ最終処分地はどう選ばれるか。プロセスを紹介するほか、「地元同意」を巡る自治体アンケート(2014年)を詳報する。

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〔とじる〕

 新潟県知事泉田裕彦(51)が自民党衆院議員で党資源・エネルギー戦略調査会会長の山本拓(61)に宛てた2014年3月14日付の文書がある。表題は「原子力防災に最低限必要な対策」。4枚にわたり約20の要望項目が並ぶ中で、後段に目を引く文言が記されていた。

 「安全確保のために東京電力から柏崎刈羽原発新潟県の柏崎市、刈羽村にある原子力発電所で、東京電力が運営する。1号機から7号機まで七つの原子炉がある。最も古い1号機は、1985年に営業運転を始めた。総出力は世界最大級の約821万キロワット。発電された電気は関東方面に送られる。2012年3月に6号機が停止してから、全ての原子炉の停止状態が続いている。東電が原発を再稼働させるには、原子力規制委員会の審査を通る必要がある。7号機は2020年に全ての審査に「合格」したが、安全対策を施している最中で、再稼働していない。を分離すること」

 実はこの分離という考え方をめぐって2月、泉田と自民党新潟県連との間で水面下で攻防が展開されていた。原発政策を争点の一つにした東京都知事選の投開票(14年2月9日)を目前にした時期だ。

 複数の関係者によると、泉田は柏崎刈羽原発の分離に関する提言を経済産業相茂木敏充(58)に出そうとしていたという。柏崎刈羽を東電から切り離し、完全に独立した会社とするよう求める、3月の文書より踏み込んだ内容だった。

 書面にして用意したものの提出には至らず、幻に終わったとされる。自民党新潟県連が押しとどめたからだ。

■    ■

 泉田が提言をしようとした背景には、国が1月、東電の新たな総合特別事業計画2011年の福島第1原発事故で経営危機に陥った東電の再建策で、政府が認定する計画。被災者への賠償について原子力損害賠償法は事業者の無限責任を定めている。経営再建計画には、賠償が滞らないように、廃炉や除染なども含めた事故対応の費用を長期にわたって計画的に捻出する目的がある。総合特別事業計画は12年5月に認定、新・総合特別事業計画は14年1月認定、新々・総合特別事業計画は17年5月認定。21年8月認定の「第4次総合特別事業計画」では、事故費用の内訳や収支見通しに加え、再生可能エネルギーなど脱炭素に関する取り組み強化や目標を盛り込んだ。(再建計画)を認定したことへの不満があったとされる。再建計画は柏崎刈羽原発の再稼働東京電力福島第1原発事故を踏まえ、国は原発の新規制基準をつくり、原子力規制委員会が原発の重大事故対策などを審査する。基準に適合していれば合格証に当たる審査書を決定し、再稼働の条件が整う。法律上の根拠はないが、地元の自治体の同意も再稼働に必要とされる。新潟県、柏崎市、刈羽村は県と立地2市村が「同意」する地元の範囲だとしている。を前提としたもので、泉田は常々「東電福島第1原発事故の検証が先」として再稼働論議に入る状況ではないと強調してきた。

 また福島事故を受けて、泉田は災害対策基本法災害対策全体を体系化し、防災行政の整備、推進を図ることを目的に定められた法律。内閣総理大臣をはじめとする全閣僚らで組織する中央防災会議は、災害対策基本法に基づき政府の防災対策に関する基本的な計画となる「防災基本計画」を作成する。防災基本計画は地震や風水害、火山噴火といった項目別に、事前の予防策から発生後の応急対応、復旧・復興まで国や地方自治体が取り組む基本的事項を規定。2011年と12年の修正で、津波対策の項目の新設や原子力災害対策が大幅に改定された。防災基本計画と原子力災害対策指針に基づき、都道府県の地域防災計画が作成され、さらに各市町村の地域防災計画が作られる。原子力災害対策特別措置法1999年9月、茨城県東海村の臨界事故で作業員2人が死亡し、周囲に放射能が漏れた際、初動対応が不十分だったことを教訓として2000年6月に施行された。原子力災害では国の一元的な対応を定めた。一定規模以上の放射能漏れ事故が発生した場合に、首相が「原子力緊急事態宣言」を発令。被災地に現地対策本部を設置するなどし、国の主導で自治体に屋内退避の勧告・指示などを行う。の一元化を含む要望を知事会などさまざまな機会を通じて国に求めてきた。

 ところが遅々として対応が進まず、そうした状況にいら立ちを募らせていたとの見方もある。

 この提言への自民党新潟県連の反発は激しかった。

自民党本部

 「原発だけの問題ではない。県全体が自民党本部や霞が関にそっぽを向かれる」。2月早々、新潟県側から泉田の考えを知らされた県連は、会長星野伊佐夫(74)ら幹部が緊急に集まり対応を協議。「提言は絶対に認められない」と泉田に申し入れたという。

 安全性が確認された原発は再稼働を認める政府方針に理解を示す県連にとって、再稼働のハードルを上げるような分離独立は許容しがたい。...

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