原発事故に備えた広域避難計画案を発表する柏崎市長の会田洋(左)。複合災害への対策は盛り込まれなかった=2014年6月12日、柏崎市
「第3部 変わらぬ構造」紹介

 世界史に残る原発事故が起きた日本で原発再稼働論議が本格化している。東京電力福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。から3年余り。事故で浮き彫りになった原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声がどう政策に反映されたのか。長期企画「再考原子力 新潟からの告発」第3部は、現在の再稼働論議を通し「変わらぬ構造」を問う。(文中敬称略、全10回)

<1>柏崎刈羽原発分離を知事が提言

「安全確保のために東京電力から柏崎刈羽原発を分離すること」。新潟県知事が自民党の資源・エネルギー戦略調査会会長に宛てた2014年3月14日付の文書に、目を引く文言があった。

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<2>東電社長との非公式会談後に歩み寄り

柏崎刈羽原発の再稼働を経営再建の最優先事項とする東京電力は2013年9月、原子力規制委員会への6、7号機の審査申請の見込みが立たないことに、焦りを募らせていた。

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<3>責任の所在は?安定ヨウ素剤問題を機に露呈

2014年4月、公舎にいた新潟県知事に県の危機管理監から電話が入った。東京電力柏崎刈羽原発の事故に備える安定ヨウ素剤の備蓄を怠っていた-。

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<4>法体系の整備を訴える知事

東京電力福島第1原発事故は、自然災害と原発事故が重なる複合災害となったため、政府内に対策に当たる「本部」や「会議」が乱立。自治体も含めて指揮系統が混乱した。

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<5>避難の実効性は?自治体は計画策定に苦慮

2014年6月、東京電力柏崎刈羽原発の事故に備え、新潟県柏崎市長は県内の自治体で初の広域避難計画案を発表した。市長は会見で、積み残した課題が多いことを率直に認めた。

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<6>避難計画の実効性、「試験」で見極め必要

「もっと政府全体でアドバイスをする体制が必要じゃないか」。2014年5月、自治体の避難計画策定について議論した原子力規制委員会の定例会合で、委員が切り出した。

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<7>「生活再建まで道筋を」

2014年6月、東京電力福島第1原発事故後の福島県の復興を考えるシンポジウムで、主催した日本保全学会会長が呼び掛けた。「福島はあまりにも不幸な状態だ。政府の対策には復興の視点が欠けている」。

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<8>「生活破壊こそが、原発事故の本質」

福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会がまとめた最終報告に、こんな一節がある。「未曽有の原子力災害を経験したわが国としてなすべきことは、被害がいかに深く広いものであるか、その詳細な事実を後世に伝えることであろう」

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<9>意思表示、周辺自治体は権利なし

「原子力事業者と結んでいる安全協定の法制化をお願いしたい」。2014年5月、原子力規制庁で滋賀県知事が迫った。滋賀県内に原発はない。だが、隣接する福井県の若狭湾周辺には13基の原発がある。

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<10>「同意」求められる「地元」、範囲に決まりなし

国は原子力規制委員会の新規制基準に適合した原発について、「地元同意」を得て再稼働を進める方針だ。だが、同意が必要な「地元」の範囲に関しては、依然として明確にしていない。

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〔とじる〕

[再考原子力]のラインナップ

第1部 狙われる地方 放射性廃棄物処分

政治、行政、電力業界がこれまで先送りしてきた大きな課題が核のごみの最終処分問題だ。原発と同様に、処分地も地方に担わせようとする動きがある。

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第2部 置き去りの日本海 地震津波研究

柏崎刈羽原発をはじめ、日本海側には国内のほぼ3分の2の商業用原子炉がある。しかし、太平洋側に比べ日本海側の地震研究は遅れていると指摘される。

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第3部 変わらぬ構造 再稼働論議

世界史に残る原発事故が起きた日本で、原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声は政策に反映されたのか。

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第4部 もう一つの道 脱 原発依存

政府は一定規模での原発維持を目指している。本当にその道しかないのか。原発に頼らない「もう一つの道」を模索する欧州各国を訪れた。

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歴史編・電力 首都へ[前編]源流

柏崎刈羽原発や福島第1、第2原発は、首都・東京への電力供給を長年担ってきた。始まりは、大正時代までさかのぼる。

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歴史編・電力 首都へ[中編]戦後再編

戦後、電気事業再編のうねりの中で新潟県が首都の電源地として固定化されていく経過を追う。

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歴史編・電力 首都へ[後編]巨大基地

首都圏のための巨大電源基地・柏崎刈羽原発が、都心から200キロ以上も離れた日本海側の地に設置された経緯と背景とは。

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資料編

核のごみ最終処分地はどう選ばれるか。プロセスを紹介するほか、「地元同意」を巡る自治体アンケート(2014年)を詳報する。

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〔とじる〕

 東京電力柏崎刈羽原発新潟県の柏崎市、刈羽村にある原子力発電所で、東京電力が運営する。1号機から7号機まで七つの原子炉がある。最も古い1号機は、1985年に営業運転を始めた。総出力は世界最大級の約821万キロワット。発電された電気は関東方面に送られる。2012年3月に6号機が停止してから、全ての原子炉の停止状態が続いている。東電が原発を再稼働させるには、原子力規制委員会の審査を通る必要がある。7号機は2020年に全ての審査に「合格」したが、安全対策を施している最中で、再稼働していない。の事故に備え、新潟県柏崎市長の会田洋(67)は2014年6月12日、県内の自治体で初となる広域避難計画都道府県と市町村は、防災基本計画及び原子力災害対策指針に基づく地域防災計画を作成することが求められる。また、原子力災害対策指針に基づき、原子力災害対策重点区域を設定する都道府県と市町村は、地域防災計画の中で対象となる原発などの施設を明確にした原子力災害対策編を定めることになっている。新潟県の広域避難計画は、地域防災計画に基づき策定されている。案を発表した。会田はその会見で、積み残した課題が多いことを率直に認めた。

 この計画はあくまで原発の過酷事故対策に特化し、東電福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。のような自然災害と原発事故が同時に発生する複合災害には踏み込んでいない。複合災害への対応について問われると、苦渋の表情を浮かべて言葉を選んだ。

 「複合災害への対応をどうするかは、課題として残っている」

 2007年7月の中越沖地震2007年7月16日午前10時13分、新潟県上中越沖を震源に発生したマグニチュード(M)6・8の地震。最大震度6強を観測。東京電力柏崎刈羽原発では、地盤沈下により3号機の変圧器で火災が発生。緊急時対策室が使えなくなったほか、7号機主排気筒から微量の放射性物質が外部に放出されるトラブルも起きた。地震に伴う点検・復旧のため全7基が停止。09年に6、7号機、10年に1、5号機が運転再開したが、11年3月の東電福島第1原発事故の発生を受け、12年3月から全基が停止しているでは、道路網に大きな被害が出た。自然災害による打撃に原発事故が加わった場合、住民避難に困難が伴うことは容易に想像できる。会田は「まずは原子力災害の計画を作ることが必要だ」と説明するにとどめた。

 福島事故後、国は原発から半径30キロ圏にある自治体に避難計画の策定を求めた。実効性のある計画をどう作ればいいのか。柏崎市と同様に悩む自治体は少なくない。

中越沖地震により道路をふさぐように倒壊した家屋=2007年7月16日、柏崎市東本町3

 全国組織「脱原発をめざす首長会議」が5月下旬、避難計画に関する勉強会を京都市で開いた。愛媛県西予(せいよ)市長の三好幹二(63)が苦しい胸の内を明かした。

 「避難計画を作ったが、それが有効に機能するかは難しい。忸怩(じくじ)たる思いがある」...

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