原子力規制庁長官に要望書を手渡す滋賀県知事の嘉田由紀子(右から2人目)=2014年5月30日、東京都港区
「第3部 変わらぬ構造」紹介

 世界史に残る原発事故が起きた日本で原発再稼働論議が本格化している。東京電力福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。から3年余り。事故で浮き彫りになった原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声がどう政策に反映されたのか。長期企画「再考原子力 新潟からの告発」第3部は、現在の再稼働論議を通し「変わらぬ構造」を問う。(文中敬称略、全10回)

<1>柏崎刈羽原発分離を知事が提言

「安全確保のために東京電力から柏崎刈羽原発を分離すること」。新潟県知事が自民党の資源・エネルギー戦略調査会会長に宛てた2014年3月14日付の文書に、目を引く文言があった。

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<2>東電社長との非公式会談後に歩み寄り

柏崎刈羽原発の再稼働を経営再建の最優先事項とする東京電力は2013年9月、原子力規制委員会への6、7号機の審査申請の見込みが立たないことに、焦りを募らせていた。

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<3>責任の所在は?安定ヨウ素剤問題を機に露呈

2014年4月、公舎にいた新潟県知事に県の危機管理監から電話が入った。東京電力柏崎刈羽原発の事故に備える安定ヨウ素剤の備蓄を怠っていた-。

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<4>法体系の整備を訴える知事

東京電力福島第1原発事故は、自然災害と原発事故が重なる複合災害となったため、政府内に対策に当たる「本部」や「会議」が乱立。自治体も含めて指揮系統が混乱した。

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<5>避難の実効性は?自治体は計画策定に苦慮

2014年6月、東京電力柏崎刈羽原発の事故に備え、新潟県柏崎市長は県内の自治体で初の広域避難計画案を発表した。市長は会見で、積み残した課題が多いことを率直に認めた。

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<6>避難計画の実効性、「試験」で見極め必要

「もっと政府全体でアドバイスをする体制が必要じゃないか」。2014年5月、自治体の避難計画策定について議論した原子力規制委員会の定例会合で、委員が切り出した。

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<7>「生活再建まで道筋を」

2014年6月、東京電力福島第1原発事故後の福島県の復興を考えるシンポジウムで、主催した日本保全学会会長が呼び掛けた。「福島はあまりにも不幸な状態だ。政府の対策には復興の視点が欠けている」。

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<8>「生活破壊こそが、原発事故の本質」

福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会がまとめた最終報告に、こんな一節がある。「未曽有の原子力災害を経験したわが国としてなすべきことは、被害がいかに深く広いものであるか、その詳細な事実を後世に伝えることであろう」

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<9>意思表示、周辺自治体は権利なし

「原子力事業者と結んでいる安全協定の法制化をお願いしたい」。2014年5月、原子力規制庁で滋賀県知事が迫った。滋賀県内に原発はない。だが、隣接する福井県の若狭湾周辺には13基の原発がある。

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<10>「同意」求められる「地元」、範囲に決まりなし

国は原子力規制委員会の新規制基準に適合した原発について、「地元同意」を得て再稼働を進める方針だ。だが、同意が必要な「地元」の範囲に関しては、依然として明確にしていない。

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〔とじる〕

[再考原子力]のラインナップ

第1部 狙われる地方 放射性廃棄物処分

政治、行政、電力業界がこれまで先送りしてきた大きな課題が核のごみの最終処分問題だ。原発と同様に、処分地も地方に担わせようとする動きがある。

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第2部 置き去りの日本海 地震津波研究

柏崎刈羽原発をはじめ、日本海側には国内のほぼ3分の2の商業用原子炉がある。しかし、太平洋側に比べ日本海側の地震研究は遅れていると指摘される。

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第3部 変わらぬ構造 再稼働論議

世界史に残る原発事故が起きた日本で、原子力災害対策の不備はどう議論され、見直されたのか。不安を抱く地元の声は政策に反映されたのか。

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第4部 もう一つの道 脱 原発依存

政府は一定規模での原発維持を目指している。本当にその道しかないのか。原発に頼らない「もう一つの道」を模索する欧州各国を訪れた。

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歴史編・電力 首都へ[前編]源流

柏崎刈羽原発や福島第1、第2原発は、首都・東京への電力供給を長年担ってきた。始まりは、大正時代までさかのぼる。

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歴史編・電力 首都へ[中編]戦後再編

戦後、電気事業再編のうねりの中で新潟県が首都の電源地として固定化されていく経過を追う。

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歴史編・電力 首都へ[後編]巨大基地

首都圏のための巨大電源基地・柏崎刈羽原発が、都心から200キロ以上も離れた日本海側の地に設置された経緯と背景とは。

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資料編

核のごみ最終処分地はどう選ばれるか。プロセスを紹介するほか、「地元同意」を巡る自治体アンケート(2014年)を詳報する。

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〔とじる〕

 2014年5月30日、原子力規制庁東京電力福島第1原発事故を受け、2012年に発足した国の機関。原子力規制委員会の事務局を務める。規制の審査、検査などの実務を担う。柏崎刈羽地域など原子力施設の立地地域には、原子力規制事務所を置き、日々の原発の検査やトラブル、緊急事態への対応に当たっている。で滋賀県知事の嘉田由紀子(64)が穏やかな口調で迫った。

 「原子力事業者と結んでいる安全協定1983年10月に県、柏崎市、刈羽村が東京電力柏崎刈羽原発周辺住民の安全確保のため東電と締結。原発の安全規制を行う国だけでなく、地元も原発が安全に管理されているかを常に確認できるようにした。法律ではなく、協定の内容を破っても罰則はない。全19条からなり、施設の新増設、変更時は東電が自治体の事前了解を得ることを定める。原発への立ち入り調査、技術委員会の設置のほか、自治体が必要と認めた場合、国を通じて原子炉の運転停止を含む適切な措置を要求することができる。の法制化をお願いしたい」

 向き合った規制庁長官の池田克彦(61)は原発の安全・防災対策を詳細に説明した後、「努力したい」と答え、席を立った。

 滋賀県内に原発はない。だが、隣接する福井県の若狭湾周辺には13基の商業用原発がある。嘉田が規制庁に働き掛けたのは、紳士協定である安全協定を法制化することで、原発周辺の自治体の発言力を高めたいとの狙いからだ。

 東京電力福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。を受け、国は原発から半径30キロ圏原発などで事故が発生した場合に防護措置を行う区域の一つ。原発からおおむね5~30キロ圏は緊急防護措置を準備する区域=Urgent Protective action planning Zone=とされる。放射性物質が放出される前に屋内退避を始め、線量が一定程度まで高くなったら避難などをする区域。5キロ圏はPAZ=予防的防護措置を準備する区域=という。柏崎刈羽原発の場合、柏崎市の一部(即時避難区域を除く全ての地区)、長岡市の大半、小千谷市の全域、十日町市の一部、見附市の全域、燕市の一部、上越市の一部、出雲崎町の全域が当たる。内の自治体に避難計画都道府県と市町村は、防災基本計画及び原子力災害対策指針に基づく地域防災計画を作成することが求められる。また、原子力災害対策指針に基づき、原子力災害対策重点区域を設定する都道府県と市町村は、地域防災計画の中で対象となる原発などの施設を明確にした原子力災害対策編を定めることになっている。新潟県の広域避難計画は、地域防災計画に基づき策定されている。の策定を求めた。滋賀県長浜市から日本原子力発電敦賀原発までの最短距離は13キロほどだ。嘉田は取材に、周辺自治体の憤りを吐露した。

 「県境があるから再稼働東京電力福島第1原発事故を踏まえ、国は原発の新規制基準をつくり、原子力規制委員会が原発の重大事故対策などを審査する。基準に適合していれば合格証に当たる審査書を決定し、再稼働の条件が整う。法律上の根拠はないが、地元の自治体の同意も再稼働に必要とされる。新潟県、柏崎市、刈羽村は県と立地2市村が「同意」する地元の範囲だとしている。について何も言えない。万が一事故が起きたら、被害は立地自治体と変わらないはずなのに」

 滋賀県と、福井県に接する長浜、高島両市は13年4月、電力会社と安全協定を締結した。協定は情報提供の在り方などを定めたものだ。再稼働に際して必要とされる「地元同意新規制基準に合格した原発の再稼働は、政府の判断だけでなく、電力会社との間に事故時の通報義務や施設変更の事前了解などを定めた安全協定を結ぶ立地自治体の同意を得ることが事実上の条件となっている。「同意」の意志を表明できる自治体は、原発が所在する道県と市町村に限るのが通例。」に関し、立地自治体が事実上有している意思表示の権利はない。電力会社との調整がつかず、盛り込むことができなかった。

 嘉田は原発から30キロ圏内を「被害地元」と呼び、危機感を募らせる。

 「滋賀県はいわば無権利状態。これでは県民の命と財産、近畿圏の水源である琵琶湖を守れない」

 新潟県では2013年1月、締結済みの県、柏崎市、刈羽村を除く県内28市町村が柏崎刈羽原発新潟県の柏崎市、刈羽村にある原子力発電所で、東京電力が運営する。1号機から7号機まで七つの原子炉がある。最も古い1号機は、1985年に営業運転を始めた。総出力は世界最大級の約821万キロワット。発電された電気は関東方面に送られる。2012年3月に6号機が停止してから、全ての原子炉の停止状態が続いている。東電が原発を再稼働させるには、原子力規制委員会の審査を通る必要がある。7号機は2020年に全ての審査に「合格」したが、安全対策を施している最中で、再稼働していない。を運転する東電と安全協定を結んだ。とはいえ、原発の運転に影響するような意思表示の権利は入っていない。市町村側が立地自治体並みの権利を求めなかったためだ。...

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