【2021/03/28】

 夜の街-。新型コロナウイルスの感染が広がると、「震源」のレッテルを貼られ、言葉ばかりが独り歩きした。ウイルス禍の社会。抱える苦悩は皆同じだ。守りたい暮らしがあり、大切にしたい思いがある。新潟と東京で、夜に生きる人たちの姿を追った。

 20席ほどのカウンターと小上がりには、いつもの顔が並んでいた。店を閉めると聞いて、これが最後と駆け付けてくれた常連客たち。その輪の中心に店主の兒嶋(こじま)徹さん(58)がいた。

 新潟市中央区のJR新潟駅万代口にほど近い居酒屋「網元」。妻の雅恵さん(53)と二人で営んできたこの店ののれんを、20日に下ろした。

 見えないウイルスが猛威を振るう感染禍は、二人の店だけでなく、全国各地の繁華街から客を遠ざけた。毎日のように飲食店でのクラスター(感染者集団)発生のニュースが耳に入る。徹さんは「今までもいろんな壁にぶち当たって、そのたびに試行錯誤でやってきた。だけど、新型ウイルスだけは乗り越えられなかった」と言う。

 「お世話になりました」。美容室を経営する五泉市の清野功一郎さん(37)は閉店の日、お礼の品を手渡しながら夫妻に声を掛けた。3年前のある夜、ふらっと立ち寄ったこの店の味が忘れられず、友人を誘ってよく飲みに来た。

 「マスターの料理、もう食べられないんですね」。この店の空気を、そして過ごした時間を忘れたくない。そんな思いで店の中を見つめ続けた。

 「網元」は徹さんが、父から引き継いだ大切な店だ。店のそこここに、なじみの客との思い出がにじむ。だが、昨年末に徹さんの体調不良もあり、店を畳むと決めた。

 「最後にこんなに来てくれて。ありがたいばっかりですよ」。徹さんは笑みを浮かべた。

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 人々を夜の街に誘うネオンの輝き。しかし、新型コロナウイルスはその光を陰らせる。

 JR新潟駅万代口から歩いて数分の距離にある居酒屋「網元」。店主の兒嶋徹さん(58)が、もう使うことのない皿や酒瓶を段ボールにしまっていく。

 「振り返ることもなく、がむしゃらになってやってきた」。徹さんの言葉に、妻の雅恵さん(53)が「前しか見ずにね」と相づちを打つ。こんな形で店を諦める日が来るとは思ってもいなかった。

 父親が48年前に始めた店を引き継ぎ、現在の場所に移ってから16年がたった。なじみの客に加え観光客や出張のサラリーマン。雅恵さんと二人で切り盛りしてきた店は駅が近いこともあり、県外客も含めた多くの人でにぎわった。

 だが、ウイルス禍は例外なく二人の店にも降りかかった。店をもてあそぶように、日々の感染状況が客の入りを左右した。

 昨年4月半ば、緊急事態宣言の対象地域が本県を含む全国に拡大されると、客足は途絶え、売り上げはほぼ半減した。秋から年末に掛けては7、8割ほどに戻ったが、今年初めに首都圏などに再び宣言が発令されると、県をまたぐ往来の「自粛」で観光客、出張客は目に見えて減った。再び落ち込んだ売り上げは、最後まで元に戻らなかった。

 空いた時間が多くなると、雅恵さんはつい、店の今後のことを考えてしまうようになった。「店をどうするんだ、この売り上げでどうやってやっていくのって話は、ウイルス禍になってから常々していた」

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 そうした状況に追い打ちをかけるように、昨年末には徹さんが体調を崩し、一時的に店を休まざるを得なかった。

 閉店を決断したのは、2月の人出だ。なぜか客がこれまで以上に少なくなった。どうにかして店を続けたいと考えていた徹さんを、雅恵さんが諭した。「もう難しいって話をするようになった」。これまでは、どんな時でも徹さんの思うように、支えてきた。だが今回ばかりはそれができなかった。

 忙しい日々の中で研究を重ね、今の形に落ち着いたメニューは、全ての品に思い入れがある。名物だった「えびしんじょ揚げ」は、客が必ず頼んでくれる自慢の出来だった。徹さんにとって、店は「うちの子どもたちと同じぐらい大切な存在。思い出、ありすぎですよ」。

 常連客からは最後に「私たちこれからどこに行けばいいの」と惜しまれた。徹さんのフェイスブックにも多くの惜別のメッセージが届く。でも、見慣れたカウンターと小上がりに、にぎやかな声が響くことはない。

 店を閉めた翌日から、二人で手分けをしながら店内の整理を始めた。数え切れないほどのグラスを満たしてきたビールサーバーや徹さんが大好きなミュージシャンのポスター。この店を形作ってきた一つ一つのものが姿を消すと、もう、二人の店ではなくなっていた。

◆飲食店倒産、業種別で最多

 長引く新型コロナウイルス禍で経済にも影響が出ている。帝国データバンクによると、新型ウイルス関連倒産の件数は26日現在、全国で1210件に上り、業種別では「飲食店」が197件で最も多い。

 倒産件数は、都道府県別では新潟県が14件で、最多は東京都の287件。

 ウイルス禍の中、飲食店の倒産が目立つ状況について、帝国データバンク東京支社情報部は「飲食は外出(外食)しなくてもできる。『不要不急』に該当しやすい業種」と分析。外出自粛ムードや営業時間短縮などにより「客数や客単価が落ち込んだため」とみる。

 感染拡大防止を巡り、「会食」が注目されたことから、国は時短要請に応じた飲食店向けの支援策を強化した。緊急事態宣言が再発令された東京都などでは、協力金として1日当たり最大6万円を支給。宣言解除後も協力金は継続している。同情報部は今後の見通しに関して「協力金がなくなれば、多くの事業主が継続か倒産かの決断を迫られるだろう」と指摘する。

 新潟県の花角英世知事は政府に対し、感染拡大により売り上げが減少した個人事業主らを対象にした持続化給付金の再度の交付などを求めている。